第4話
夕方、わたしは、洗濯物をたたんでいるおばあちゃんをぼーっとながめながら、また夢のことを考えていた。
「どうかしたの?」
おばあちゃんが、物思いにふけるわたしを見てたずねる。
「うん。わたしね、ずっと昔から輝葉姫のいる場所を夢で見てたんだ」
「この前もそう言ってたね」
手を動かしながら、おばあちゃんはうなずいた。
「うん。それで、この前は言わなかったんだけどさ。いつも夢の最後は、ちょっと怖い終わり方なんだよね。どこかから矢が刺さったシラサギが飛んできてさ。それで……お母さんにも矢が刺さって、気づいたら、あたりが炎に包まれてるの」
おばあちゃんは何も言わなかった。わたしは、話を続ける。
「で、この前は、お母さんじゃなくて輝葉姫に矢が刺さった夢を見たんだ。まあ、ただの夢なんだけどさ……。きっとあれだよね?お母さんが死んじゃったから、そんな夢、見るんだろうね。でも、ずっと気になってるんだ。同じ夢を何度も見るから」
そう言いながらわたしがふとおばあちゃんを見ると、おばあちゃんは、じっとこちらを見ていた。顔が少し怖かった。
「な、なに?」
「それはね、若葉ちゃん。家族のことづてだと思うよ」
静かに、おばあちゃんは言った。
「家族のことづて?」
「うん。輝葉姫は、たくさんいることづての木の一人って言ったでしょ?その中でも、おばあちゃんたち家族にとっては、特別な木でもあるの。おばあちゃんたちの祖先が輝葉姫にことづてを残してるんだよ。若葉ちゃんの夢に出てくるのは、ミネって人の物語。おばあちゃんたちのずっとずっと遠い、祖先のお話」
おばあちゃんは、表情を和らげると、首を巡らせてどこか遠くを見た。タオルの端をつまんでぱさりとしならせた。
「そうね。あの子、ちゃんと家族のことづてを引き継いでたんだね、娘に……」
「じゃあ、矢で射抜かれたのって」
「うん。そのミネって人」
「どう、なったの?」
わたしが聞くと、おばあちゃんは、ゆっくりと首を横にふった。
「娘を残して……」
わたしは、それ以上は何も聞かなかった。
「前に、木が人の姿で現れることはめったにないって言ってたでしょ?」
そう言われて、わたしは、ことづての仕事で梅の木があるお寺に行ったときのことを思い出した。
『大事な人に特別に思いを伝えたいとき、誰かの姿を借りることがある』
あのとき、おばあちゃんは確かにそう言っていた。
「輝葉姫のあの姿はね、そのミネって人の姿」
「そう……。それじゃあ、それが、お母さんからのことづてってやつなの?」
「ちがう ちがう。それはまた別よ。もう聞いた?」
「あ、いや、まだ」
「そうね」
小さなころから見てきた怖い夢の謎が解けた。
わたしを連れて、あの人は輝葉姫のところに行ったんだ。そこで、そのミネって人の物語をわたしに聞かせた。きっと、ことづてや輝葉姫という言葉もそこで聞いたのだろう。
物語の内容と実際の記憶がごちゃ混ぜになって、あんな夢を見ていたんだな。
長年の謎が解けてすっきり、するかと思いきや、全然そんなことはなかった。まだ謎が残っている。最後にあの人が言っている言葉だ。わたしにとっては、そっちのほうが大きなものだった。
それにミネって人の物語も、わたしを暗い気分にさせた。
あの人は、どうしてこんな暗い物語をわたしに聞かせたんだろう?不吉だよ。
七月ももうすぐ終わる。
おばあちゃんは、ここのところ畑が忙しい。ベランダ窓の前で、今おばあちゃんは、腰に手を置き一息ついていた。
「夏野菜。収穫の時期でしょ?」
と、美海ちゃんがおばあちゃんにたずねている。
「そう。トマトを早く採ってしまわないといけないからね」
そう言って、おばあちゃんは、また畑に行こうとする。
「わたしも手伝いたいな。おもしろそうだし」
美海ちゃんの言葉に、おばあちゃんは立ち止った。
「いい いい。いつも言ってるでしょ?汚れたり壊れたりしたらどうするの?」
義足のことを言っているようだ。
「別にいいもん、汚れるくらい。ばあちゃんだって泥だらけじゃん」
美海ちゃんは、ふくれた声でぼそっと返した。
「それに、ばあちゃん、大変そうだもん」
今度は、そう、少し遠慮がちに言った。おばあちゃんを
今年の夏はいつもより暑いらしく、おばあちゃんも少しバテ気味だった。
「わたしも手伝いたいな」
わたしは、美海ちゃんを見ながらそう言った。
おばあちゃんの心配ももっともだと思う。
義足がいくらするのかわたしも知らない。でも見るからに高そうだ。汚したり壊したりしたら美海ちゃんに悪い。秋穂さんにも申し訳ない。畑仕事に引っ張り出すなんて無責任かもしれない。
でもそれって、他人の考えなのだ。
何が言いたいのかって言うと、そこには、美海ちゃんの気持ちは、一粒さえ入ってはいないってこと。
「お試しでやるってのはどう?やってみないと危ないかどうかも、わかんないわけだし」
わたしは、今度は、おばあちゃんを見て笑ってみせた。
おばあちゃんは、考えるようにうなって美海ちゃんを見る。
「やってみたい」
美海ちゃんは、おばあちゃんの顔をまっすぐに見てそう言った。
「なら明日からね。お父さんとお母さんにも相談して、汚れてもだいじょうぶな服を着てきなさい」
おばあちゃんは、美海ちゃんのスカートを見ながらそう答えた。
そこで、わたしは、義足が汚れないようにいろいろと考えた。
義足にレジ袋みたいなのをかぶせてゴムで縛ったらいいんじゃないかとか。でも、それだとすべって余計に危なそうだ。
「別に問題ないと思うよ。だって、学校にもこれで行ってるし、普段も泥とか水で汚れたりするもん」
あれこれ提案するわたしに、美海ちゃんはあっさりと言った。
なので長靴を履き、ジャージを着ることで泥はねを防ごうということとなった。つまりは単なる汚れない格好。
義足のまま履ける長靴っていうものがあるらしい。でもそれは高いので、お父さんが、お店に売ってある長靴を改造して作ってくれたそうだ。そういう工作はお父さんが得意なのだそうだ。
八月がはじまると、日差しはいっそう強くなった。
あれから、わたしと美海ちゃんは、畑の手伝いに汗を流していた。
あの後、おばあちゃんは、わたしたちに、麦わら帽子と軍手を買ってくれた。それを身につけ、今日も土に立つ。
美海ちゃんには、やはり、少し難しい動作があった。
そういうときは、ビニールシートを使っていた。これを地面に敷けば、膝立ちになって、楽に作業ができる。
昨日は、小さなナスの実を間引いた。こうすることで、ほかの実に養分が行き渡り大きく育つらしい。
今日は、ジャガイモの収穫を手伝っている。ジャガイモの
ジャガイモの茎をつかみ、力いっぱい引っこ抜く。
美海ちゃんもわたしも何度か尻もちをついた。それがおかしくてなんだか笑えた。
離れた場所では、いつの間にか、シラサギが舞い降りて虫をついばんでいた。
休憩中、わたしと美海ちゃんが縁側に座っていると、おばあちゃんが、銀色のボウルを持ってきた。
氷水が入っていて、トマトとキュウリが浮いていた。トマトはここの畑のもの。キュウリは、あまった野菜をご近所に配り、そのお礼にもらったものだ。
「これをつけたらおいしいよ。お好みで」
おばあちゃんが用意したのは、塩と味噌だった。
美海ちゃんが、味噌をつけて一口ほおばった。
「くわーっ!キンッキンに冷えてやがるぅ!!」
わざとらしく床に倒れて美海ちゃんはそう言った。
わたしは大いに噴き出した。美海ちゃんは、ここのところ特別に元気だ。
窓の外では、庭の木々が夏風にざわめいている。
わたしと美海ちゃんは、思わず外に目をやった。ざわめきの中に、木々の声が聞こえた気がした。
「二人とも」
と、おばあちゃんが問いかける。
「なに?」
と、美海ちゃんは言い、わたしもおばあちゃんの顔を見た。
「二人は、ことづてのお仕事、興味あるね?」
おばあちゃんがそう聞くと、美海ちゃんは、身を乗り出した。
「ある!教えてくれるの!?前は、まだ早いって言われたけど」
美海ちゃんは興奮気味だ。
「もう四年生だからね。ちょっとくらいかじってもいいかもね」
わたしが黙っていると、美海ちゃんが、興奮した顔をわたしにも向ける。
「若葉ちゃんも知りたいよね?せっかく木の声聞こえるんだから」
おばあちゃんも、その目を、じっとわたしに向けた。わたしの答えを待っているようだった。
「う、うん。そうだね」
わたしは、なかば同調圧力に負けるようにうなずいた。
「そうねぇ。なら、大きいじいちゃんに、あいさつに行こうか?そろそろ会いに行こうと思ってたし。明日一緒にどうね?」
「大きいじいちゃん?」
わたしが問うと、千代おばあちゃんは、
「このあたりで一番長生きな木。ことづてのことも、よ~く知ってある」
と言って立ち上がり、気持ちよさそうに腰をのばして空を仰いだ。
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