第四十六話 古き言い伝え

 王女は急に押し黙り、両手の中におとなしく鎮座する機械犬をじっと見つめる。

 ホワイトエンジェルはしびれを切らして声をかけた。


「あのー、王女様」

「言い伝えは本当だったわけですね」


 王女は独り言のようにつぶやき、ホワイトエンジェルと目を合わす。


「この世界はゼオンという神様がつくった、という御伽噺のこと?」

「その話の元になったものです。わたしたち王家にのみ語り継がれてきた真実があるのです。それをお伝えします」

「わたしなんかが聞いていいの?」

「夢野さくやさんでしたか。異世界から来たあなたなら構いません」

「ありがたい、のかな。だけど今はここから逃げ出すのが先だよ。いまごろヴァンやリョーマたちが時間を稼いでくれているから」

「あの武器商人が? まさか、星のダイスを運んできたというのは……」

「王女殿下をお救いするには、これしか方法がなかったのです。おそらく今頃は、謁見の間で大主教ジャーク・ローヒーと対面しているはず。今のうちです王女殿下、我々といっしょに逃げるのです」


 機械犬の言葉のあと、ホワイトエンジェルは王女を抱きかかえようと手をのばす。


「来た道を戻ればいいだけだから、すぐだよ」

「では、謁見の間に向かってください」

「よーし、外へ……えーっ、どうして?」


 ホワイトエンジェルと機械犬は、王女の言葉に驚きの声を上げる。


「ちょっとまって、なんでよ。星のダイスが使えるのは王女様だけなんだよ」

「さくやの言うとおり。大主教ジャーク・ローヒーが星のダイスを持っていても使えない。だから、王女殿下を一刻も早くここからお連れしたいのです」

「いいえ、連れて行ってください。道案内はできると思います」

「何故ですか」


 機械犬が執拗に尋ねる。


「ヤツの前に行けば、願いを叶えようと王女殿下に必ず星のダイスを振らせるでしょう。そんなことになったら、世界は混沌とした闇に飲み込まれてしまう。それだけは絶対に阻止せねばならないのです」

「それでも、星のダイスは取り返さなくてはなりません」

「それは今じゃない。次の機会にでも!」

「そんな機会が訪れるかなんてわからないじゃないですか。一刻も早く、わたしは貴方を元に戻したいのです」

「……しかし」


 機械犬は、まっすぐに見つめてくる王女を前に黙ってしまった。


「しょーがない」


 ホワイトエンジェルは王女を抱えて、ベッドの上で立ち上がる。


「星のダイスを取り返しに行こう。リョーマたちも気になるしね」


 ホワイトエンジェルは王女を連れて部屋を飛び出した。


「言い伝えでは、世界はゼオンが作ったとありますが、全てをお作りになったわけではありません」


 抱きかかえた王女の話を聞きながら、ホワイトエンジェルは廊下を走る。


「ゼオンは、別の世界よりやってきた人、だったそうです」

「異世界転生者なの?」


 邪教徒が行く手を遮る。

 飛び上がって、頭を踏みつけながら先を急ぐ。


「名前も、ゼオンではなくシオンだったそうです。彼女は、生前の記憶を持っていました。膨大な知識をつかい、未開拓だった世界をより良くしていったのです」

「神様って、女神だったんだ!」


 機械犬も知っていたのか、ホワイトエンジェルは尋ねた。

 王女にギュッと抱きしめられている機械犬は首を横に振る。


「いま、初めて聞いた。知っているのは、巷に流布する御伽噺程度。それもゼオンの偉業よりも、ゼオンが降臨されなくなったその後の、愚かな人々の様子だから。女神だったとは……」

「異世界転生者だから、神ではなく人だよ」


 そうでしょ、とホワイトエンジェルは王女に声をかける。

 王女はうやうやしく頷いた。

 

「それだけではありません。生誕前、天界にお住いになられている天と地を司る万物の創造主たる神々より、星のダイス『もに☆もに』を授かったといいます」


 えー、とホワイトエンジェルは声を上げた。

 一つ百円のクリスタルダイスにしか見えないサイコロが、神々の持ち物だったと理解するには少し時間かかった。自分は異世界にいるのだから、常識が違うのは当たり前。受け入れがたくとも、飲み込んでいくしかない。


「アインシュタインは『神はサイコロを振らない』と言ったけど、そっかー、人にあげちゃってたから振れなかったんだね」

「アイン……どなたですか?」


 わからないという顔をして、王女に尋ねられる。


「あ、いいのいいの。こっちの話だから」


 あははははと、ホワイトエンジェルは笑ってごまかす。説明するにはどう言えばいいのかわからなかった。


「星のダイスの持つ『持ち主の純粋なる願いを叶える力』は、多くの恵みを生み出し、この世界を豊かにしました。彼女亡き後、星のダイスは子供達へと引き継がれました」

「それが、サ・ルアーガ・タシア王国に暮らす王家の人達だったのね」

「はい。いまはもう、わたし一人だけとなりました」


 そうなんだと口には出さず、かわりに、辛いねと言葉をかける。励ましの言葉が見つからない。こういうときは、話題を変えよう。


「でも、わたしも使えるんだけど、どうして?」

「おそらく、異世界から来た方だからです」

「なるほど」


 それで納得するのか、と機械犬からツッコまれる。

 おそらく大体合ってるに違いないから、これでいいのだ。

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