第四十七話 英雄の帰還
謁見の間にたどり着いたとき、王女を抱える魔法少女ホワイトエンジェルは目を見張った。
天井に大きな裂け目ができ、壁や床があちらこちらで破壊されている。数人の黒衣の装束の邪神官が倒れ、壁際にボラとヴァンが横たわっていた。
広間の中央には、大鎌を構えた四人の邪神官を傍に従える黒衣を纏った男が立っていた。おそらくあれが、大主教ジャーク・ローヒーに違いない。
ホワイトエンジェルは抱きかかえている手に力が入る。
「ホワイト、あっちだ!」
瓦礫の傍で倒れている変身の解けたリョーマを、機械犬が見つけた。
急いで駆け寄る。
「リョーマ、しっかりして」
「……あ、ホワイト殿。何故……ここに」
「やっぱり、ほっておけなくてね」
ぐったりしているリョーマの頭を優しく撫でた。
「王女を連れてくるとは、殊勝な心がけよ。貴様が何者かは知らぬが、褒美に余の願いが叶う瞬間に同席することを許そう。光栄に思うがよい」
ぬははははははははーっと高笑いが響き渡った。
「ふざけないでよ。あなたの野望はここで終わるの。よくも、よくもリョーマをひどい目に合わせたな」
ホワイトエンジェルは機械犬に王女とリョーマを任せ、ジャーク・ローヒーに向かって駆け出していく。
ジャーク・ローヒーは小箱を抱えながら右手を突き出し、親指に人差し指を引っ掛け弾いた。瞬間、目に見えない力に押されたホワイトエンジェルは、後方へと飛ばされていく。
体を捻って体制を整え、壁に足をつけ、顔を上げた。
蹴り出し、一気にジャーク・ローヒーへ迫る。
白いアンブレラを両手で握り、突き上げて構える。
避けた天井から見える青空が、突然曇りだす。
稲妻がアンブレラに落ちた。
「一撃必殺、ホワイトライトニングスラーッシュ!」
目標めがけて、アンブレラを大きく振り下ろす。
電撃が、ジャーク・ローヒーを襲う。
「同じ手で来るか」
光球を握る右手を、ジャーク・ローヒーは迫る雷撃にぶつけた。
空間を歪ませて雷撃を反らし、壁や床を破壊していった。
「マジかっ」
声を上げて驚くホワイトエンジェルに迫る四人の邪神官。死神が持ち歩いていそうな大鎌を振り下ろしてきた。
咄嗟にアンブレラを開くも、光の障壁を出す前に四撃を受けて、床へと叩き落とされる。両脚で着地し、飛び上がって背中から反転。バク転を繰り返しながら落下の勢いを殺しつつ、後ろへ下がった。
「強い……さすがラスボス」
ホワイトエンジェルは立って、アンブレラを構えた。
大鎌を持った四人の邪神官に取り囲まれると、ぬははははははあーっ、とジャーク・ローヒーの闊達な笑いが聞こえてくる。
「先程の黒いのと比べると、お前の方がなかなかの動きだ。余に楯突く貴様は何者ぞ?」
「わたしは愛と正義の魔法少女ホワイトエンジェル。ジャーク・ローヒー、あなたはどうしてこんな酷いことをするの?」
「夢の実現のためだ」
そりゃそうでしょうね、と叫びながら振り下ろされる大鎌をアンブレラではじき、一人の邪神官の顎を足で蹴り上げた。
「我らに知識の恵みを与え給うた神ゼオンに再び降臨していただき、永遠の忠誠と引き換えにさらなる神の恩寵をもたらしていただきたいのだ」
「なに言ってるの? ゼオンは神なんかじゃない。異世界からの転生者だったって、王女様が教えてくれたよ」
ひょっとして知らないの~、と小馬鹿にした言い回しをしながら一人、また一人と邪神官を蹴り倒していく。
「王女が真実を語っていないだけだ」
落ち着いた口調でジャークローヒーが答えた。
「ゼオンの末裔という身分と地位を継続せんがため、でっち上げられた偽書を信じる者など、ゼオニズムを信奉する我ら同志にはいない」
「ゼオンは神様じゃなくて人だったっていってるんだから、でっちあげてるのは御伽噺のほうじゃないの!」
ホワイトエンジェルは神官の大鎌を二本拾うと、ジャーク・ローヒーめがけて一本、また一本と投げつけた。
「そんな攻撃、効かぬっ」
右手の光球を飛んでくる大鎌にかざし、軌道を変えて弾き飛ばした。
どうして左手を使わないのだろう。不思議に思い、目を凝らせば、大事そうに小箱を抱えているのが見えた。
「あれは……そうだ」
天空城へ入る前、ヴァンが「一応、献上するのだからそれらしい箱を用意した」といって、星のダイスを入れた小箱だと気がついた。
「これならどうだ!」
ホワイトエンジェルは残りの二本も拾い、今度は同時に投げつけた。
「片手で二本同時には無理だろ」
へへん、と得意げに笑いながらアンブレラを投げつける。
ジャーク・ローヒーは魔力を増大させて右手の光球を膨らませると、より強く空間を捻じ曲げ、飛んでくる大鎌を同時に弾いた。
「馬鹿めっ」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる。瞬間、僅かな気の緩みからか、後から投げたアンブレラが小箱を抱える左手に直撃。思わず放り上げてしまった。
「しまった!」
慌てて手を伸ばすジャーク・ローヒーより先に、ホワイトエンジェルは踏み切って飛び上がる。
宙に高く上がった小箱を、振り上げた右足を勢いつけたまま体を縦回転させて小箱を蹴り飛ばした。
ホワイトエンジェルが床に落ち、ぐへっと変な声を上げた。その瞬間、光がはじけるようにして変身が解けてしまった。
小箱が飛んでいった先にいたのは、機械犬と王女だった。
手前に落ちた小箱を機械犬が慌てて拾う。
「中に星のダイスが」
急いで蓋を開ける機械犬。
確かに、光り輝く星のダイスが入っていた。
王女はためらうことなく手にすると、すぐに手前へ転がした。
出目は『1』が出た。
王女は胸の前で手を組んで、願い事を口にする。
「機械犬よ、元の姿に戻りなさいもに☆」
突然、子熊と子犬の愛らしいAIBOの姿をしている機械犬の体が赤く光りだした。光りに包まれ、どんどん大きくなり、人型へと変化していく。
その様子をみたジャーク・ローヒーの顔がみるみるうちに緊張でこわばり、青ざめていく。
「き、機械犬だとっ」
眉をしかめ、頬が引きつり、唇の端をピクピクと震わせていた。
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