第四十五話 王女の救出

「余に歯向かうか、雑魚め」


 ジャーク・ローヒーが指を弾けば、あっけなくボラが吹き飛び、壁に激突した。ぐったりとして、ヴァンの傍に倒れ込んだ。

 ブラックエンジェルも後ろへ飛ばされるが、体を回転させながら体勢を直し、壁に足をつけて顔をあげた。

 予想外な俊敏な動きを見て、ジャークローヒーは眉を潜めた。


「たあーっ」


 掛け声上げて壁を蹴り、ジャーク・ローヒーに向かって一直線に飛んでいく。

 ジャーク・ローヒーの手のひらが光だし、光球が現れる。


「くらえーっ」


 ブラックエンジェルは銃を構えて引き金を引いた。反動で体が後ろに吹っ飛び、後転。なんとか床に降り立つ。

 銃弾は、ジャーク・ローヒーの眉間に向かって飛んでいく。だが突き出した光球に弾かれ、天井へと飛んでいった。

 舌打ちをして駆け出すブラックエンジェル。


「当たれーっ」


 走りながら続けて引き金を引く。どの銃弾も両手の光球に近づいた瞬間、軌道が変わり、当たらない。


「抗魔法弾なのに、どうして!」


 引き金を引いても、カチャッと音しかしなくなる。

 ふわはははっーっとジャーク・ローヒーの笑いが響き渡った。


「我が魔法、ハンドシェーカーは空間を自在に歪ます能力。弾の軌道を変えるくらい造作もない」

「だったら、これなら」


 腰に下げている黒いアンブレラを引き抜いて、天井に向けて突き上げる。

 その姿に、ジャーク・ローヒーは豪快に笑い出す。


「ぬははははははーっ、なんだそれは。気でも狂ったか。剣ではなく、傘で余に挑もうというのか!」

「一刀両断、ブラックライトニングスラーッシュ!」


 天井を突き破って降りてきた雷をアンブレラで受け、ジャーク・ローヒーめがけて振り下ろした。



    ☆     ☆     ☆     ☆



 石壁に囲まれた廊下を、魔法少女ホワイトエンジェルは、目元の黒ずみを拭いながら駆け抜ける。

 肩にしがみつく、愛らしい機械人形AIBO姿の機械犬が、小さな鼻をひくひくさせた。


「つぎの角を右だ」

「了解。右ね」


 曲がろうとしたとき、黒衣を纏った邪教徒が数人、剣を片手に飛びかかってくる。

 ホワイトエンジェルは、杭を突き刺すような勢いで腹部にアンブレラを突き出し、ひと蹴り入れる。続けざまに脇腹、頭、膝の裏、と襲ってくる邪教徒めがけて蹴飛ばし、相手の腕を掴んで投げ飛ばした。


「匂いが強くなってきた」

「その分、数も増えたけどね」


 次から次に押し寄せてくる邪教徒を、遠慮なく殴り倒していくと、それらしい扉の前にたどり着いた。

 身長よりも遥かに大きく、彫刻が施された厳しい鉄扉の前には、屈強な体格の邪教徒が扉に近づかないよう立ちふさがっていた。

 

「邪魔だ、どけーっ」


 一気に相手の懐へ飛び込み、右足を振り上げて頭部目掛けて蹴飛ばした。足の踏み込み、腰のひねり、つま先まで筋肉を引き締めた一撃。

 倒れゆく邪教徒を飛び越えて、扉の前にたどり着くと、遠慮なく蹴破った。

 扉が室内へと弾け飛ぶ。大きな音を立てて歪んだ扉が、ぐわんと部屋の床へと転がった。


「王女様、助けに来ましたよ」


 室内に入ると、ベッド上で栗毛色の髪をした少女が、白いネグリジェ姿で枕を抱きしめながら怯えていた。


「あ、あなたは誰ですか」

「愛と正義の魔法少女ホワイトエンジェルです。で、こっちがイヌね」


 肩から飛び降りたAIBO姿の機械犬は、王女の前にちょこんと腰を下ろす。


「カスミ王女殿下、遅ればせながらお助けに参りました」

「子犬の人形が喋ってる? でも、その声はどこかで」


 怯えながらも不思議に首を傾げる姿を見て、ホワイトエンジェルは気を使って口を出す。


「そんな格好してるけど、王女様もよく知っている機械犬だよ」


 王女は驚愕のあまり、まじまじと両目を極限まで見開いて覗き込み、しばし硬直した。


「これが……あの、強くて美しく潔かった機械犬さんなのですか」

「はい、これがそうです」


 えへへ、と笑ってみせる。

 王女は笑わず、両手で機械犬を抱き上げると、ギュッと抱きしめた。


「おかえりなさい、機械犬さん。さぞや辛い目に遭われたのでしょうね。星のダイスが手元にあれば、すぐにでも元の姿に戻して差し上げるのに」

「やはり、王女様でないと戻せませんか」

「星のダイスを扱えるのは、いまはもうわたしだけになってしまいましたから」


 ふふふふ、とホワイトエンジェルは勿体つけて笑う。


「ところがですね、なんとわたしも、星のダイスが使えちゃうんです」

「あなたも?」

「けど、イヌは戻せなかった。できるのは多分、王女様だけだと思う」


 王女は機械犬に目を向ける。


「異世界に飛ばされ、こんな姿になったわたしを助けてくれたのが彼女、夢野さくや。試しに星のダイスを振らせてみますと、願いが叶い、魔法少女ホワイトエンジェルに変身できる力を得たのです」

「……異世界の、人ですか」

「まあね。わたしからすれば、こっちの世界が異世界なんだけど」


 王女は急に押し黙り、両手の中におとなしく鎮座する機械犬をじっと見つめる。

 ホワイトエンジェルはしびれを切らして声をかけた。


「あのー、王女様」

「言い伝えは本当だったわけですね」


 王女は独り言のようにつぶやき、ホワイトエンジェルと目を合わした。

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