第四十四話 謁見の間

 高い天井が続く長い廊下を歩き、謁見の間にたどり着いたヴァン一行は、うやうやしく頭を下げた。

 円形ドーム型の大広間の中央には黒衣をまとって腕組みをするジャーク・ローヒーが立っていた。

 周囲をぐるりと囲むように、同じく黒衣をまとう十二人の邪神官たちが、大鎌を手に持ちて立っている。


「猊下、遅れまして申し訳ございません」


 ヴァンの後ろには、ボラと魔法少女ブラックエンジェルに変身したリョーマが控える。目の周りにはしっかり黒ずんだ化粧を施して。


「はるか遠く異邦の地よりの帰還、大儀であった……といいたいところだが、我が配下のケロッチの姿が見えぬ。どうしたのだ」

「些か深手を追っておりましたので、治療に努めさせております」

「ほお。機械犬と殺りあった、ということだな。機械犬を倒した、と言っておったか?」

「苦戦したそうでございます」

「であろうな。そう簡単に倒せる相手ではない。とはいえやつを出し抜いて秘宝を奪って持ち帰ったのだ。余が見込んだだけのことはある」


 ぬはははははーっ、とジャーク・ローヒーの高笑いが響く。


「そちにも、あとで褒美を与えよう。では、渡してもらおうか」

「その前に猊下、一つよろしいでしょうか」

「なんだヴァン、そちと余の間柄ではないか。苦しゅうない。何なりと申すがよい」

 

 ヴァンはすかさず一礼した。


「恐悦至極に存じ上げ奉ります。しからば、猊下のお手元にお運びするに当たり、いささか費用がかさんでしまいました。つきましては、金額の上乗せをしてお支払い頂きたいのです」

「よかろう。だがその前に秘宝をこの目で確かめておきたい。よもや偽物をつかまして大金を持ち逃げする気ではあるまいな。武器商人も商人の端くれ。油断すれば痛い目をみるのは余だからな。違うか?」

「猊下を謀ろうなど、滅相もございません」

「そうか。ならば金額の話はあとでよろしいな」


 御意、とヴァンは答えた。


「では見せてもらおう。はるか古より受け継がれし伝説の秘宝、星のダイス『もに☆もに』を」


 ヴァンの前に邪神官が一人、足音を立てずに進み出る。

 持ち運んできた宝石箱ほどの小箱を差し出せば、うやうやしく受け取り、ジャーク・ローヒーの元へと運んでいく。

 厳かに差し出された小箱をみて、口角を上げた。


「開けるが良い」


 邪神官は静かに蓋を開けた。

 中には、光彩の美しさが遠くからやってくるような奥ゆかしい輝きを放つ星のダイスが収められていた。

 手をかざし、ジャーク・ローヒーが詠唱する。


「聖に非ず、愚に非ず、共に強欲。故に人ならくなり」


 キュイイイイイイイイインと耳をつんざく音が響き渡った。

 邪神官達からどよめきが上がる。

 ゼオン書、第十節の引用だった。


「確かに本物のようだな」


 ジャークローヒーは小箱を受け取ると、大きな口を上げて豪気に笑う。


「では、褒美を取らそう」


 右手を軽く上げ、親指に引っ掛けた人差し指を弾いた。

 瞬間、ヴァンの体がボラとブラックエンジェルの間を抜けて、後ろへ吹っ飛んだ。宙を二回転し、壁に激突。ずるりと滑り落ち、うつ伏せになって床に倒れた。


「世をたばかりおって、痴れ者が」

「な、なぜ……」


 顔を上げて、ヴァンは声を絞り出す。


「余の目を節穴と思ったのか、愚か者め。深手を追ったケロッチから報告が来ておる。帰還した際、貴様からの剣戟を受けたといっている。武器商人のお前のことだ、欲に目がくらんだのであろう。そちにとって、星のダイスは手が余る代物だ。扱えるのは王家の血を引く者のみ!」


 手を付き、膝を立て、ヴァンはなんとか体を起こす。


「それは、猊下とて同じことではないですか?」


 傍に立つ二人の邪神官の大鎌が、ヴァンの首にかけられる。

 その様子を見たボラとブラックエンジェルの、銃と剣を取ろうとした手を止めた。

 いつの間にか二人の首にも、邪神官により、大鎌をかけられていたからだ。

 ブラックエンジェルとボラは息を飲む。

 接近してきた気配を全く感じなかったのだ。


「猊下も、星のダイスを扱えないから囚えた王女に振らせ、願いを叶えようとしているのではありませんか」


 ジャーク・ローヒーは左手を掲げると、ヴァンの首から大鎌を外し、邪神官が下がっていく。

 ボラとブラックエンジェルからも大鎌が外された。


「だとしたら、どうだというのだ」

「果たして、王女はあなたの願いを叶えてくれるのか、気になりましてね」


 ゆっくり立ち上がり、一歩、また一歩と足を引きずるようにジャーク・ローヒーに向かっていく。


「猊下。一つ、いいことを教えましょう。小耳に挟んだのですが、願いを叶える際、星のダイスを振る者が心より願っていなければ叶わないそうです。小娘ならば御しやすいと王国を襲い、王城を燃やし、両親を殺して幽閉したお前の『願い』を、王女が叶えるとでも思っているのか!」


 ジャーク・ローヒーは、再び右手の人差し指を弾いた。

 目に見えぬ力がヴァンを吹き飛ばして壁に激突、崩れるように床に倒れていった。


「戯言をほざきおって」


 ふっと笑うジャークローヒーの顔を見て、ブラックエンジェルは閃星銃を構えた。


「やるしかないってことか」


 ボラも剣を抜く。


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