第四十話  かつての仲間たち

 雷光が地上を駆け抜けた。

 気がつけば押し倒された格好で、ヴァンは倒れていた。

 見下ろしているホワイトエンジェルと目があったとき、首元に突きつけられているアンブレラに気がつく。


「俺様の……負けだ」


 剣から手を離したヴァンを見て、機械犬は声をかける。


「ドッグ・セイバーの能力を使わなかったな。何故だ。ホワイトエンジェルを殺めたくなかったからか?」

「それもある。が、武器とは使う相手を選ぶものだ。ドッグ・セイバーはおまえの武器。俺には扱えなかっただけさ」


 上体を起こしたヴァンは、懐から星のダイスを取り出すと、ホワイトエンジェルに差し出した。


「受け取るがいい。貴公はたしかに強かった」


 手にした瞬間、ホワイトエンジェルの全身から光がほとばしる。

 銀色の長髪も、純白のアンブレラや靴、純白のロリィタ服まで弾け飛び、黒いゴスロリ服に身を包んだ黒髪のさくやに戻っていた。


「その幼い姿は?」

「本来の姿。魔法少女に変身すると、力だけでなく見た目も大人びるから」

「俺は、年端も行かない子供に負けたのか」


 はははは、と乾いた笑いをし、空を仰いだ。

 そこまで幼くはないんだけど、と言い返すさくやは、変身が解けて気が抜けたのか、膝から崩れるように倒れていく。


「さくや殿!」


 駆けつけたリョーマの腕に支えられる。


「大丈夫ですか?」

「……ありがとう。リョーマも変身が解けたんだね。取り返したよ」


 星のダイスを見せると、良くやったと機械犬は褒め、リョーマは笑顔で頷いた。

 愛剣を拾ってくれと機械犬に頼まれて、さくやはドッグ・セイバーに手を伸ばす。

 んーと思わず声が出る。拾い上げようにも持ち上がらない。こんな重い剣をヴァンは振り回していたのかと思うと、恐ろしくなる。

 代わりにリョーマが持とうとしたが、やはり重いらしい。

 運ぶのをヴァンに任せて、さくやたちはキャリーケースを取りに歩き出す。

 さくやは今、三人で祝杯を上げたい気分だった。城門の脇に置きっぱなしのキャリーケースには、温州みかんの甘さをきわめたジュースを一本、こっそり入れておいたのだ。冷えていれば最高なのだが、あまり贅沢はいってられない。


「一つ頼みがある」


 ヴァンは、リョーマの肩を借りて立ち去ろうとするさくやに声をかけた。


「負けた俺が頼む筋合いではないのはわかっている。だが、星のダイスを使うところを見せてほしい。頼む」


 リョーマと機械犬の顔を見てから、さくやはしゃがんだ。


「構わないけど、あなたの願いである『争いのない世界』は叶わないよ、多分ね」

「やりもせずに、なぜ言い切れる?」

「何回か使ってわかったの。星のダイスは、振った者が心に望む願いを具現化してくれるすごいアイテムだけど、条件がある」


 たとえば、とヴァンの前で振ってみせる。

 地面に転がし、「3」の出目が出た。


「わたしたちが戦った人たちが元気になるもに☆」


 さくやが願うと、彼女を中心に一陣の風の如く光の輪がぱーっと広がっていった。

 しばらくすると、あちらこちらで横たわっていた兵士達がゆっくり体を起こし、立ち上がっていく。

 怪我をしていたはずの者たちも、兜を脱いで何事もなかったような晴れ晴れとした顔をみせていた。


「広範囲に及ぶ状態異常からの全回復魔法かっ」


 ヴァンは周囲を見て驚いた。

 折り重なるように倒れていた兵士達が、何事もなかった用に起き上がっていく。

 ヴァン自身も、先程の戦闘で追った攻撃や疲労がみるみるうちに消えた。起き上がるのもやっとだったのに、いまでは簡単に立ち上がれる。

 しかも、先程ブラックエンジェルに撃たれたボラ将軍も立ち上あり、ゆっくりこちらへ歩いてくるではないか。


「ここはいったい……今までなにをしてたんだ」


 首を傾げているボラ将軍を横目にさくやは、星のダイスを拾い、機械犬の口の中へと収めた。


「兵士の皆さん、自分たちの国におとなしく帰るもに☆」


 二つ目の願いを唱えると、一千の兵士達は誰に命じられたわけでもなく隊列を組み、街道を引き返していく。

 その様子を、ヴァンは口を半開きにしたまま見送った。


「よお。武器商人のお前がいるってことは、戦争でもあったのか」


 連合軍の将軍をしていたボラが、ヴァンに声をかけてきた。


「……なにも覚えていないのですか?」

「ケロッチと会ったまでは覚えているが、そのあとはさっぱりだ。長い夢でも見ていたような気分だよ」

「正気に戻ってよかった、ボラよ。ケロッチに操られていたのだ」


 さくやの肩の上から可愛らしい子熊に似た機械人形AIBOの機械犬が声をかける。


「ん? いま……機械犬の声がしたような」

「ここだここだ」


 機械犬はさくやの肩の上に二本足で立って、手を振った。


「……人形が動いてる」

「よっ!」

「しゃべった……まさか、おまえが、機械犬か?」

「そうです、わたしが機械犬です」


 エヘヘ、と照れたふうに頭をかいてみせる。

 ボラは笑いをこらえきれず、お腹に手を当てながらウヘヘへッと息を漏らした。


「どうしたんだ、その妙ちくりんな格好は。おかしすぎるだろ。それに彼女たちは誰なんだ」

「異世界に飛ばされたわたしを助けてくれた魔法少女に変身できる夢野さくやと、仲間のリョーマだ。ボラよ、王女様を救い出す手助けをしてはくれないか」

「ジャーク・ローヒーの天空城へ行くつもりか? この人数では難しいぞ」

「わかっている。だからこそ、ホラ吹き使いのボラに頼んでいるんじゃないか」

「昔のよしみだ、しょうがない」


 ボラは手のひら全体で機械犬の頭を優しく撫でた。

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