第三十八話 勝者の対話

「星のダイスだと!」


 とお、と掛け声上げて機械犬がホワイトエンジェルの肩から飛び出した。

 ヴァンの手のひらから星のダイスを奪おうとするも、ぺちりと叩かれて払いのけられてしまう。

 なにをー、と掛け声上げて空中で二回転横ひねりを華麗に決めると、ホワイトエンジェルの頭の上に着地した。


「ケロッチが奪っていった星のダイス『もに☆もに』を、どうしてお前が持っているのだ!」


 機械犬が吠えた。

 ホワイトエンジェルはアンブレラを突き出し、ブラックエンジェルはいつでも撃てるように閃星銃の銃口をヴァンに向けた。


「人形が動いて喋ったぞ。しかも聞き覚えのある声だ。まさか、おまえ……機械犬か」

「そうです、わたしが機械犬ですが、なにか?」


 ヴァンは、大口を開けて肩を揺すって笑い出す。


「なんだ、その小動物みたいな姿は」


 こみ上げてくる子供のような笑い声で、いつまでもおかしそうに笑っている。


「それ以上笑うと、機械犬殿を侮辱した罪で撃ちます」


 ブラックエンジェルが引き金に指をかけた。


「わかったわかった、笑わないから撃たないでくれ。そうかそうか、異世界から戻ってきたんだな。知り合いとしては嬉しく思うぞ」


 両手を口に当て、こみ上げる笑いを必至に堪えている。

 その姿をみてブラックエンジェルは、撃っていいですかとホワイトエンジェルに声をかけた。


「機械犬殿を侮辱したこの人を許せません」

「ブラックも、イヌの姿を見たとき笑ってたから別にいいやないの」

「あれは、機械犬殿のあまりの可愛らしいお姿になられて、心がぎゅっと鷲掴みされて気が動転しただけです」

「うわー、マジで?」


 ブラックエンジェルの可憐な顔が、みるみるうちに紅潮する。照れて伏し目になりつつ、はにかんで頬に手を当て首を傾げた。

 

「そうなんだ。とりあえず、笑うくらい許してあげて。でないと話が進まない」

「ですが、彼の笑いには若干の敵意を感じます」


 真顔に戻ったブラック・エンジェルは、ヴァンに向ける鋭い視線とともに銃を構え直した。


「うん。それには同意する」


 ホワイトエンジェルはアンブレラをヴァンの顔の前に突き出した。


「いつまで笑ってんの。ウザいんですけど。いいからこちらの質問に答えて。ケロッチが奪っていった星のダイスを、どうして貴方が持っているの?」


 ようやく落ち着いたのか、ヴァンは真顔になった。


「ここに機械犬がいるということは、星のダイスを使った異世界の魔法少女とはお前なのだな、ホワイトエンジェル。ケロッチから聞いたぞ。お前は王族と関わりがあるのか? それとも異世界人はみんな、星のダイスが使えるのか?」

「質問に質問で返さないで」


 興奮してすまない、とヴァンは息を吐く。


「異世界に飛ばした機械犬が星のダイスを持っていたことを後で知ったジャーク・ローヒーは、奪いに行く命令を下した。その命令をケロッチに伝えたのが俺だったのさ」

「確認もせずに異世界に転移させるなんて、ジャーク・ローヒーという人間も随分と間抜けね」


 ホワイトエンジェルの言葉に、ヴァンは一笑した。


「まったくだ。ケロッチが首尾よく奪取して帰還した際、真っ先に俺の元に持ってくるよう命じておいた。どの道、俺の協力を得られなければ猊下のいる天空城には行けないはず。というわけで、俺が持っているのさ」


 ヴァンは星のダイスを指で摘み、これみよがしに見せつけてくる。

 ケロッチはどうしたのだ、と機械犬が尋ねる。


「万が一、報告に行かれては困るので、深手を追わせて治療院に入れてある」

「どういうこと?」


 ホワイトエンジェルは、引っ込めようとしたアンブレラを再び突き出した。


「ジャーク・ローヒーに協力していても、俺様は武器商人であって手下ではない。王女を捕らえている以上、星のダイスを持っていけばヤツに使われてしまう。それでは俺の願いが叶えられない。ケロッチから話を聞いた俺は、ぜひとも君に逢いたいと思った。その方法がなく諦めていたのだが、まさかそちらから来てくれるとは俺に運が巡ってきたのだろう」


 歓迎されてるのかな、とホワイトエンジェルはブラックエンジェルに小声で尋ねる。どうでしょうかと首を傾げつつ、銃口はヴァンに向けたままだった。


「星のダイスが使えるならば見せてくれ。争いのない平和な世界となる奇蹟を、俺に見せてくれ!」

「平和な世界になったら、武器商人は用済みだけど。それでいいの?」

「構わない。武器を売るのも飽きてきたからな。そろそろ違うものを売る商人になるのもいいかと考えているところだ」


 飽きてきたという言葉を聞いて、ホワイトエンジェルは眉間に皺を寄せた。


「だったら、武器を売らなければいいだけじゃないの!」

「俺が売らなければ、誰かが武器を売る。他人が武器を売って利益をせしめるのは見過ごせない。なぜなら、俺様の方が誰よりもうまく売る自信があるからだ」

「なにそれ。つまり、人の命より金儲けが大事なわけ?」


 ホワイトエンジェルは息を吐いた。頭の上にいる機械犬を下ろし、肩にのせながらブラックエンジェルの傍に寄り小声でささやく。


「協力を頼みたいんだけど」

「構いませんがどうするつもりですか、ホワイト殿」

「こういうヤツは、一回痛い目合わないとわからないのよ」


 ホワイトエンジェルは静かにヴァンを睨んだ。

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