第三十五話 一騎打ち
「機械犬の弟子……いや、化け物め」
ボラ将軍は馬上から見つめた。
圧殺しようと武器を振るっていた兵士達やその周囲にいた多くの傭兵達までもが、痺れるようにもがきながら倒れていったのを。
手綱を握る手に力を入れながら再度、二人を見た。
天空を引き裂く雷光のごとき激しい一撃で叩きのめした少女らは、不気味なほほ笑みを浮かべている。
「すごいです、ホワイト殿。数百もいた兵士達を一撃で倒すなんて」
「甲冑は金属やからね。感電して気絶したんやろ。これで残りはあと二人」
二人の少女の視線が、馬上の男達に向けられた。
ボラ将軍は黙って馬から降り、逆三角形を伸ばしたような形状の小ぶりな盾を握った。
一千もいた兵士たちが、あっという間にすべて倒されたのだ。
ありえない。
だが、これが現実なのだ。
少女らの強さを認めながら、ゆっくりと歩き出す。
「見事だ。さすがは烈火の戦士と呼ばれし機械犬の弟子たちよ。精鋭ぞろいの我が一千の兵士達を前にひるまず、よくぞ戦った。貴公らの勇気と強さは称賛に値する。我が名は、王国壊滅連合軍を束ねる、ボラ・トドメス将軍である」
声を張り上げて名乗りながら、すらりと剣を抜いていく。
「すでに勝敗は明らかかもしれぬが、このままおめおめと引き下がることはできぬ。ぜひとも、我との一騎打ちにて勝敗を決していただきたい。軍を束ねる我を倒せば、名実ともに貴公らの勝利となろう。よもやせぬとは思うが万が一、ここで貴公らが引き下がるようなことがあっては、我をわざと助けたのではないかと要らぬそしりを受けるやもしれぬぞ。勝負を受けるのであれば、貴公らの名を聞かせてはくれないか」
間合いを見極めて立ち止まり、ボラ将軍は腰を落として剣を構えた。
「勝敗は決したにもかかわらず、まだ戦おうとするのかがわからない。引き際を知らない男はみっともないだけだよ、ボラ将軍」
ホワイトエンジェルは皮肉を極めた冷笑を浮かべた。
「とはいえホワイト殿、このまま逃がすよりは戦って、情報を聞き出してはいかがですか」
ブラックエンジェルの耳打ちを聞いて、たしかにとホワイトエンジェルはうなずく。二人は目を合わし、共に小さく首を縦に振った。
「わたしは、ホワイトエンジェル」
白い服を纏った少女が顔の前で指を揃えながら右腕を掲げる。
「わたしは、ブラックエンジェル」
黒い服を纏った少女が顔の前で拳を握りながら左腕を構える。
「二人揃って、魔法少女ダブルエンジェル‼」
アンブレラを握る腕を斜め上に広げながら、ホワイトエンジェルの右拳とブラックエンジェルの左拳を触れ合わせる格好で名乗りを上げた。
「一つ、訂正させて」
ホワイトエンジェルは、人差し指を伸ばした右手を突き出した。
「べつに、イヌの弟子なんかじゃないからね」
隣で聞いていたブラックエンジェルが、小さく笑う。
「わたしは機械犬殿の弟子でもかまわないですよ」
「マジで? だってAIBOやん。子熊みたいな子犬の人形なんやよ」
「あのお姿が……本来の機械犬殿ではないので」
「あ、なるほどね。でもでも、わたしは違うから。しかも、あのおっちゃんとやり合うなんて絶対、ぜ―ったい、しないからね」
ホワイトエンジェルは、首を横に振って唇を歪ませた。
ブラックエンジェルは呆れて息を吐く。
「こんなときでも緊張感のない人ですね……わかりました、わたしが行きます」
「ほんと? よっしゃラッキー。ブラックなら絶対勝てる、強いところを見せてあげなさい!」
「そういう調子のいいところは、機械犬殿とよく似てますよ」
「マジで?」
「はい」
ブラックエンジェルは笑いながら、背中側の腰に挟んでいた閃星銃を取り出し、ホワイトエンジェルに手渡した。
そんな二人のやり取りを馬上からみていたヴァンは、自分の耳を疑い、同時に歓喜に満ち溢れていた。
「僥倖だ。あれがケロッチの言っていた異世界の魔法使いか。リョーマが魔法使いというのはわからぬが……すべてはあの白い服を纏った銀髪の少女が知っているに違いない」
ブラックエンジェルと名乗った少女が前に進み出ていく。
「ボラ将軍、わたしがお相手します。よろしいか?」
「結構、感謝するぞ。ではヴァン殿、見極め役を頼む」
ボラ将軍が振り返り声を上げた。
二人の少女の視線が、馬上のヴァンに向けられる。
「その役目、武器商人ヴァン・クロノスが受けよう。この勝負、もし勝たれたならば貴公らの勝ちだ。だが負ければ、貴公らの命をいただこう」
「待った!」
すばやく右手を高らかに上げて、ホワイトエンジェルが声を上げた。
「万が一、ブラックが負けたら、わたしが貴方達を全力で打ち倒す!」
気迫のこもったホワイトエンジェルの言葉を聞いて、ブラックエンジェルは大きく頷いた。
「よかろう。ではホワイトエンジェルにも見極め役になってもらおう。光栄だな、最強の戦士に見守られて戦えるとは」
剣を振り上げながら、ボラ将軍が駆け出す。
ブラックエンジェルは、アンブレラ強く握りしめて構えた。
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