第三十四話 雷轟電撃
見慣れぬ純白の服と漆黒の服を身に纏った少女達の戦う姿をみたボラ将軍は、安堵して胸をさすると同時に恐怖した。
目の前に立ちふさがっているのは、彼が知る烈火の戦士、機械犬ではなかった。
とはいえ、兵士達が戦っているのは二人の少女。
しかも鎧や兜の武具をつけず、剣や盾も持たず戦場に立っている。ヒラヒラとした服を着た少女たちが手に持つのは傘だけ。武器と呼ぶには到底心もとない代物だ。
そんな非力な小娘二人に、精鋭ぞろいの連合軍の兵士達が次々と倒されている。
夢でなければなんだというのか?
「えええーいっ、小娘相手に何をしておるのか。連合軍の威信にかけて、さっさと捻り潰せ!」
ボラ将軍は兵士の士気を鼓舞しながら、いま一度、戦う少女達を見た。
童顔無垢の表情に相応しくない、獣の目をしている。
黒き服の少女は腰を落とし身構えると、大地を踏みしめていた右足を高らかに振り上げ、一蹴した。
鋭さは空を切る。
不用意な密集体型が仇となったのだ。
巻き起こる風圧と砂塵に巻き込まれ、後方の兵士達までもが押し倒されていった。
白き服の少女は左足を軸に高速で回り、斬りかかる兵士達を軽々とかわしていく。
すれ違いざま、脱力した腕を大きく振り回して兵士の手首を掴んでは捻り、すくい上げるように放り上げていく。
舞い散る花弁が漂いながらもやがて落ちるように、飛ばされた兵士達が頭から地面に叩きつけられていった。
兜が割れた者、鎧を砕かれた者たちが地面に転がる。
「敵ながら恐ろしい。次々と兵士達を倒していくとは……容赦がない。化け物か、あの二人は」
「ボラ将軍、思い出しました。見覚えがあります」
馬を走らせ追いついたヴァンが、手綱を引いた。
馬が嘶きをあげて後ろ足で立ち上がっては、前脚を下ろして立ち止まる。
「なに? 何者だ」
「わたしが知っているのは黒い少女です。あれは機械犬とともにいた……たしか、破壊のガンナー・リョーマと呼ばれていました」
「銃使いか。面識があるのか?」
「はい、一度だけ。着ているものや顔立ちなど、見た目は異なっていますが間違いないかと」
「使い慣れた武器も使わず徒手空拳だけであれほどまでの強さとは……さすがは機械犬の弟子というところか。もう一人は?」
「初めてみます。ひょっとすると、リョーマより強いかもしれません」
「なぜそう言い切れる?」
ヴァンは、戦っている白き服を着た少女を指さす。
「彼女の着ている白い服には汚れがついていません。しかも微笑みすら浮かべて戦っています」
「確かに。奴らにしてみれば、精鋭ぞろいの我が兵士達はただの寄せ集めに過ぎないということか。だが奴らも所詮は人間。いつまでも体力が続くまい」
ある兵士は倒れた仲間を介抱し、別の兵士は助けを求めてもがき、横たわる多くの兵士達の仲間入りをしていく。
戦える者は、一定の距離をとって囲みつつ、機会を窺う。
静かな睨み合いが続いた。
男達の荒い呼吸と、鎧と鎧のかすれる音だけが聞こえている。
白い服を纏った化け物が吠えた。
「戦闘不能にさせるのに一人ずつ相手にするのは面倒ね。なにより手間がかかる。だから、ここからは手加減するのをやめるから」
「手を抜いてたんですか?」
黒い服を纏う化け物が驚いた声を上げる。
「当たり前じゃない。寸止めよ寸止め。大量虐殺なんて夢見が悪いやん」
「確かに後味は悪いですから、直撃しないようには気をつけてましたけど……これだけの人数、きりが無いです」
「そうそう、だから手加減するのはやめようと思って」
可愛らしい少女達の言葉に、数百の兵士が戦く。
全力を出すと公言した少女を前に尻込みし、逃げ出そうとする者もいた。
だが、退けない。
戦いで糧を得ている傭兵の彼らには、行く手を遮る敵を斃し、王国を殲滅しなければならない大義があるからだ。
「威勢だけは言いらしいが、全員奴らのハッタリには耳を貸すな! 構うことはない、非力な小娘たちを叩き潰せ!」
ボラ将軍の号令を受け、取り囲んでいた兵士達は一斉に剣を振り下ろし、槍を突く。
一撃、また一撃とくり出される度に斬撃が響きわたる。
少女たちからの反撃はなかった。
「機械犬の弟子と思ったが、他愛ない。この程度の攻撃で潰れるようでは、我々の敵ですらないわい」
ボラ将軍は口角を上げてニッと笑った。
「たかが小娘どもに随分と時間を取られてしまった。遅れを取り戻すためにもこのまま王国に攻め入り、王城のどこぞに隠されている星のダイスを奪いに……ムッ」
号令を上げかけていたボラ将軍は、確かな違和感に気づいた。
周囲が急に薄暗くなり、遠くで雷鳴が聞こえ、いまにも雨が降りそうな気配が漂っている。
空から強烈な落雷が、少女らを圧殺しようとしている兵士達の頭上に落ちた次の瞬間、天空へとほとばしる光に兵士達が次から次へと放射状に弾き飛ばされていく。
その中心には、二人の少女が両腕を突き上げて立っていた。
「雷轟電撃、ダブルライトニングパーンチッ」
二人の少女は、ほほ笑みを浮かべていた。
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