第三十三話 最強の戦士

「こちらは精鋭揃いなのだぞ! 無敵の強さを誇る我々、王国壊滅連合軍に歯向かってくるばかりか、兵士達を次々と倒す者がサ・ルアーガ・タシア王国にいるだとっ」


 ボラ将軍は興奮が抑えられず、怒りで手綱を握る手が震えていた。


「岩石竜討伐のために死力を尽くし、我々と戦える余力など残っているはずがない。にもかかわらず、何故に歯向かえるのだ!」

「予備兵を温存していたのではないですか?」


 横から口を出してきたヴァンをボラ将軍は睨み返す。


「予備兵如きに、精鋭ぞろいの我らが勝てぬとでも? それこそありえん! とにかく突き進めっ、歯向かうものは容赦なく叩き潰すのだ!」 


 雄叫びとともに再度連合軍は動きだす。

 最後方にいるボラ将軍と武器商人ヴァンは、戦闘が行われている前方へと目を凝らした。

 風か嵐か、閃光が四方に飛び散っている。

 土煙で視界が悪く、なにが起きているのかよくわからない。かろうじて影のようなものが見える。それが敵か味方の兵士なのかさえ、区別できなかった。

 ただ、進めば進むほど、足元に倒れた兵士が横たわっていた。


「斬るんじゃない、突け!」

「打ち砕くんだ!」


 甲冑がこすれる金属音が響く中、湧き上がる男達の雄叫びが聞こえる。

 前衛の仲間が倒れるたび、最前線へと兵士達が飛び込んでいく。

 辺りを生暖かく埃っぽい空気に混じり、血生臭さが漂う。

 そんな空気を切って、一刃の風が男達をなぎ払った。

 爆風のような激しさが吹き荒れるも、硝煙の匂いも爆発音もしない。

 目にみえないなにかが、圧倒的な力となって男達を砕き、弾き飛ばしている。


「本当に敵は人間か? 小娘なのか? いともたやすく我らの兵士が倒されるなど、ありえん」


 むかつく笑いをしながらボラ将軍の顔は歪み、顔から冷や汗が流れた。


「伝令の言うことは正しいのでしょうか」

 

 ヴァンの問いかけに「わからん」と即答するボラ将軍。


「魔獣や魔王を相手にしているわけではないはずだ。だが、それ以上の存在を相手にしているだと? 否、断じてありえん! もし仮に、それ以上の存在を相手にしているのだとするならば、もはや神以外ありえんはず。だが、神が我らの前に立ちふさがるはずがない。故にありえんのだ!」


 ボラ将軍は、自分の手が震えているのに気付き、慌てて握りしめた。


「まさか……怖がっているだと」


 芽生えた恐怖は急には消えない。

 厄介なことに恐怖は伝播する。

 この場にいる兵士達も無意識に恐れを感じ取っていた。

 たかだか数分のあいだにどれだけの男たちが倒されたのか。数百とも噂が飛びかうが、数などどうでもいい。

 相手は化け物かもしれない。

 そうだ、そうに違いない。

 そう考えられたなら、どれだけ救われることだろう。

 答えのでない疑問は、一つの感情を増大させる。

 それは戦場に立つ兵士達が、戦いを挑む者が決して抱いてはいけないもの――恐怖だ。

 仮に真実を目の当たりにしたとして、どうなるのか。

 そのときは、他の男たちとおなじように絶命しているにちがいない。

 それでも兵士たちは戦わなくてはならないのだ。

 なぜならば、相手は斃すべき「敵」なのだから。


「……かつて、『最強』と呼ばれた戦士がいた」


 ボラ将軍は、自身を落ち着かせようと乾いた口を開いた。


「すべての闘士の誉れとされ、羨望を抱かれた力は、一騎当千。数あわせの兵ではない。熟練し、卓越した千人の傭兵を相手にたった一人で挑み、倒したという。いま、我々が相手にしているのは、地上における最強の生物かもしれない」

「最強の生物、ですか?」

「そうだ。かつて『最強』の名をほしいままにした戦士がいた。その者、赤き疾風が戦場を駆け抜けたあと、倒れゆく兵士達から流された赤い血によって大地が染め上げ……のだ」

「それは、烈火の戦士のことを言っておられるのですか?」


 ヴァンの言葉にボラ将軍はうなずく。


「窮地に陥りし時、どこからともなく現れて混乱から世界を救ったと語られている英雄だ。一度だけ、戦場で共に戦った覚えがある。あのときほど味方であってくれたと心強く思ったことはなかったし、敵にまわしたくないとも願ったものだ。だが烈火の戦士は、大主教ジャーク・ローヒー猊下の怒りを買い、二度とは戻れぬ異世界へと幽閉されたと聞く」

「わたしも、猊下の手により、どこぞへ飛ばされたと耳にしております」

「だとすると……あいつが戻ってきたのかもしれん」

「戻ってきたですって? 機械犬が? どうやって」


 ヴァンの問いかけに「わからん」とボラ将軍は吐き捨てる。


「わからんが、そう考えれば全て辻褄が合う。機械犬以外に神にも匹敵する力を持った最強の戦士がいてたまるかっ」


 ボラ将軍は手綱を強く握り、両脚で馬の腹に圧を加えた。


「お前らどけ、烈火の戦士か否か、確かめてやる」


 周りにいる兵士達を押しのけるように馬を走らせ進み出るも、取り囲んでいる兵士達でよく見えない。

 それでもボラ将軍は、敵を探そうと倍以上に目をむいた。


 ――いた。


 倒れていく兵士達のその先にいたのは、二人の少女だった。

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