第三十二話 戦争の恐怖

「だがここに、恐怖を煽りながら星のダイスの存在を周辺諸国に語り歩く男がいたらどうだろう。実体のない虚構に反応させるべく、その男によって良くない事態をあれこれ想像させられては不安や妄想が増長し、幾度も戦争を引き起こされてきているのではないだろうか」

 

 馬上のボラ将軍は、素早く剣を抜き、ヴァンの喉元に突きつけた。


「……お戯れを」


 手綱を持つ手を離して両手を軽く上げたヴァンは、横目でボラ将軍を見る。


「この戦争を仕向けたのは貴様ではないのか」

「将軍、なんの御冗談を……わたくしには覚えがありません」


 ヴァンは眉をひそめて無理やり笑ってみせた。


「冗談でこんな事を言うものか」

「確かにわたくしは武器商人として、諸国を行き来し、各国要人とも面識はございます。だからといって、戦争を起こさせるよう風潮してまわっていると言われるのは、甚だ心外です」

「武器商人だからこそ、戦争を望むのであろう。売れない商品に価値はない。平和になれば武器など鉄くず同然だからな。此度の戦争で、貴公はいくら稼いだのだ?」


 馬の動きでボラ将軍が握る剣が不規則に揺れる。

 剣先から逃げようとヴァンはのけぞるも、容赦なく突きつけられた。


「……取引先相手の都合上、お教えすることはできませんが、そもそも戦争を望んでいるなど滅相もございません。わたくしは常々、世界の平和を願っております」

「世界平和? 貴公の関心事は、いかにして永続的に戦争を続けさせるかの一点ではないのか」


 ボラ将軍は、剣をさらにヴァンの首元に近づける。

 喉元を流れる汗に混じって血が滲んでいく。


「敗けては困るし勝ちも望まず、金と命を天秤にかけることに楽しみを見出したからこそ、武器商人などやってられるのだ。違うか?」

「め、滅相もない」

「戦場で戦っている我々は、居辛くなれば逃げるように他所へと移る貴公とは違う。国を背負い、国民の生命と財産を守るために己が命と誇りにかけて剣を振るい、敵の肉を引き裂き、骨を毀すのだ。ここで貴様の首を刎ねてもよいのだが」


 ボラ将軍はヴァンの首元から剣を遠ざけ、鞘におさめた。

 ふう、と、ヴァンは大げさに息を吐く。


「それでは只の人殺しだ。我ら兵士は憎悪による私怨のために刃を振るう人殺しとは違い、守るべき者のために盾となり剣となることが重要なのだ。貴公の行いを許すことはできぬが、命を奪う命令を受けてはいない。故に、しばしその首を預けておこう」


 ヴァンは胸に当てた手を首へと伸ばし、汗を拭った。

 誰しも人は、立場で生きている。

 権力とは、その維持のために国家の名を借りた私的行為だ。

 将軍という地位を与えられているボラという男は、将軍職を演じているに過ぎない。

 国のため、世界のため、諸国の王達が喜び、為政者が笑い、国民が泣きもせず、女にモテモテな生き方などありはしないのだが、ホラ吹きなこの男の能力にかかれば、いともたやすくできてしまう。

 そんなボラの上前を撥ねるには、やはり欲望しかない。

 ボラの言葉どおり、ヴァンは周辺諸国を渡り歩きながら、各国要人に接近し、彼らの不安と欲望を刺激した。

 すると、水が低き所へ流れを変えるように動き出したのだ。

 それにヴァンはこうも思っている。

 将軍とは、褒美を与えるだけに存在しているのだ、と。

 名将は知恵と公平さで配下の働きを計算し、どれほどの恩賞に値するかを判断して与えるからこそ、兵士達は安心して働くのだ。

 恩賞を出すための金づるを殺しては、寄せ集めの軍隊などあっという間に瓦解しかねない。

 故にボラは、ヴァンの首を切れないのだ。

 できることといえば精々、溜飲を下げるために怒鳴りつけることくらいしかない。

 それがわかっているから、ヴァンは歯向かわなかったのだ。

 とはいえ、剣を喉元に突きつけられたときは流石に肝が縮む思いだった。

 やれやれとヴァンが大きく息を吐いたとき、前衛から怒号が聞こえてきた。


「怯むなーっ」

「相手はたかが小娘、恐れるな!」


 ボラ将軍とヴァンは顔を合わせ、馬を走らせる。

 戦闘がはじまっていることを、彼らは知ったのだ。


「作戦では、岩石竜たちによって王国の兵力を存分に削ぎ落とし、楽に王城入りするはずだったのだが……なかなか思いどおりにはいかんということだな」

「ですがボラ将軍、わたくしの耳には『小娘』と聞こえた気がするのですが」

「戦場に小娘がいるわけなかろう。貴公の聞き間違いだ」


 連なる軍勢の向こう、竜巻のような土煙とともに、木屑のようなものが舞い上がっているものが見える。


「あれは……」


 ボラ将軍は自分の目を疑った。

 宙を舞っているのは、人だ。

 重装備をした屈強の男たちが、いともたやすく飛ばされている光景だった。

 鎧と鎧がはげしくぶつかる音。その合間を縫って、骨が砕ける激痛の叫びが、落下するたびに大地を震わせ、伝わってくる。

 隊列の動きは鈍るも、再び怒号が上がる。


「恐れるなっ、戦い続けろ!」

「必ず、必ず倒せるはずだっ」


 兵士たちは自らを鼓舞して突き進んでいく。


「個別に戦わず、大勢で連携しろ!」

「奴らの死角を狙えっ」


 雄叫びとともに、再度軍は前進をはじめた。




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