第二十四話 協力者を求めて

「帰還したら、星のダイス『もに☆もに』を取り戻すことが最優先だ」


 かわいらしい子熊に似たAIBO姿の機械犬は、鋭い語気を言い放つ。


「なんとしてでも大主教ジャーク・ローヒーの手に渡らないようにしなければ、世界は悪の手に沈んでしまう」


 機械犬の言葉にリョーマは強くうなずいた。


「できるなら、ケロッチを捕まえて星のダイスを取り返したいですね」

「いまごろは、大主教ジャーク・ローヒーに星のダイスを届けているかもしれないな。おのれケロッチめ!」


 機械犬は後ろ脚で立ち、前脚を振り上げた。


「ケロッチがいるところに転移できればいいのだが」


 機械犬の意見は理想だった。

 だから、さくやはすぐに聞き流す。

 できないことに思いを巡らしても時間の無駄というものだ。


「とにかく、問題は転移先の選定ね」


 さくやは説明書を片付けて、二人の顔を見た。

 帰還作戦にかかせないのは機械犬よりもリョーマ。彼女が鍵となるのは間違いなかった。できるかぎり二人の要望は叶えたいものの、帰還先の選定は慎重に考えなくてはならない。

 なぜなら、彼女たちの世界が現在、どういう状況なのか誰もわからないからだ。


「二人のいた世界のどこでもいいなら、たぶん簡単。だけど……理想はやっぱり敵の本拠地のど真ん中なの?」


 機械犬とリョーマは目を大きく見開いた。


「おい、さくや! そんなことができるのか」

「さくや殿は、転移先の場所を限定できるのですか?」


 やれやれ、という顔をしてさくやは笑う。


「わたしには無理。時間や場所の指定もできることが説明書には書いてあったけど、あなたたちの世界に行ったことはないからね。鍵となるのはあなた」


 さくやはリョーマを指差した。


「わたし、ですか?」

「そう。ところでリョーマは敵の本拠地へ行ったことがあるの?」

「機械犬殿と共にサ・ルアーガ・タシア王国や周辺諸国を歩いたことはありますが、ジャーク・ローヒーのいる天空城には行ったことはありません。そもそも、敵陣営へ気軽に行ける者などいないと思います」


 わたしもないぞ、と機械犬は前足を上げる。

 

「普通はそうだよね。だったら、操られてるときはどうだったんだろう」


 さくやはもう少しリョーマに聞いてみた。


「どうでしょう……記憶がすっぽり抜け落ちている感じでなにも思い出せないです。ジャーク・ローヒー率いる邪神官達が王都に攻め込んでくるから王城に来るよう発せられた召喚状を受け取った辺りまでは覚えているのですが……そのあとのことはあやふやで覚えていません」

「そっかー、だとすると……」


 さくやは腕を組んで目を閉じる。

 転移するには本人の記憶が必要か否かはわからないが、本人が知らないと思っている場所への転移は不可能、と考えていいだろう。

 となると、転移できる場所は王都しかない。王都ならば、二人の仲間にもすぐに出会えるだろうし、危険も少ないはず。ただ、星のダイスを奪い返すのは難しくなるだろう。

 理由は、星のダイスを持っていったケロッチがどこへ帰還したのかがわからないからだ。もし敵の天空城へ帰還していたら、いまごろはすでにジャーク・ローヒーの手に星のダイスが渡っているかもしれない。

 そうなったら、機械犬が帰還しても打つ手がない。なぜなら、敵の城には星のダイスが扱える唯一の王女が囚われているからに他ならない。

 もちろん、ケロッチは天空城へまだ帰還していない可能性もある。

 機械犬たちが取るべき手段は、一刻も早く転移して、ケロッチを追いかけて星のダイスを奪い返すしか道がないのだ。


「王都で、イヌが頼れる仲間と合流できたらいいんだけど。誰かいる?」

「仲間、か……」


 さくやの問いかけに機械犬は、二本足で行ったり来たりと歩き、うなだれる。


「先の戦いで半数以上の仲間は倒れ、ケロッチは敵の配下だった。リョーマ以外に生き残っている者となると、ボラがいるかもしれないが、アイツも操られている可能性が考えられる……ただ、協力者なら一人、心当たりがいる」

「誰?」

「ヴァン・クロノス」


 機械犬からその名を聞いたリョーマは、眉と口あたりにひどくむごたらしい憂鬱そうな顔をした。


「……あの人はちょっと」

「リョーマは知ってるんだ。どんな人なの?」

「武器商人をしている背が高くて金髪で褐色の男です。顔に笑顔の鉄仮面をかぶり、心に鎧をまとい、強い主義主張や宗教観があるわけでなく、家族も子もなく、世界平和のためと口にしながら戦場を歩いて兵士が欲しがる武器を売り歩く、えげつない人です」


 リョーマは額に手を付き、重い息を吐いた。


「武器商人とはそういう連中だ。彼らは武器だけでなく、『情報』という高価な物もあつかっている。鮮度ある情報は、敵より一秒先に知ることで味方の命を救う。そういう意味で協力者と言ったのだ。わかったか、リョーマ」


 機械犬の言葉にリョーマは静かにうなずいた。


「協力者、ね」


 さくやは、左手で支えながら右手で顎をしゃくりあげた。

 ヴァンという武器商人は信用できるのだろうか。敵味方に関係なく武器を売りつけるような日和見主義な人は信用できない。

 だがもし、利害の一致ができたなら、協力しあえるかもしれない。


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