第二十五話 字名の由来

「ところで、どうして機械犬っていうの?」


 惣菜パンを食べ終えたさくやは、ずっと気になっていたことを機械犬に訊ねた。

 いまは可愛らしいAIBOの姿をしている機械犬だが、異世界では烈火の戦士とよばれし英雄だという。本名はユカリ・ベアー・プリンセス。おまけに自称、プリティーでキュートな強い女性らしい。仮にそれが本当だとしても、機械も犬の要素もない。なのになぜ、機械犬と呼ばれるのだろう。


「そういえば、わたしも知りません」


 リョーマが横から口を出す。


「機械犬殿と出会った頃から、本名ではなく機械犬殿とお呼びしていました。どうして機械犬という名前なのか、考えたこともありませんでした」

「字名の話ね……ずいぶん昔の話だから」


 機械犬は絨毯に腰を下ろし、どこか遠い目をして語りはじめた。


    ☆     ☆     ☆     ☆


 ここよりもはるか遠い昔。

 全てを己の力で勝ち取り、狂気に打ち震えた戦乱の時代があった。

 サ・ルアーガ・タシア王国がもつ星のダイス『もに☆もに』を求めて、侵攻する敵の列強諸国軍は後を絶たなかった。

 星のダイスで生み出された絶対防壁のおかげで、王国の領土と領空は長い間常に守られている。

 自由に飛べない敵国軍は陸路以外の手段を選べない。

 故に、王国につながる一つしかない街道を敵国軍は必ず進軍してくる。

 王国軍は全軍を街道に配置し、そこを阻止限界点として迎え撃つ戦いをしてきた。

 あの日も、街道は戦場と化していた。

 兵士に飛びかかり、鋼鉄の鎧に噛みつき、引きずりまわす。

 首をねじ切り、肉をえぐって、骨を砕く。

 敵が押し寄せるたびに可憐なる若く美しい機械犬は、自慢の武器である柄を握り、剣技を使ってつぎつぎと蹴散らしていく。向かうところ敵なし、まさに無敵の強さだった。

 そんな戦場で、骨付き肉にかぶりつく金髪の男と出会った。

 彼の名は、ヴァン・クロノス。

 戦う兵士で彼を知らぬ者はいない。並の傭兵より強く、戦場を一人で散歩し、敵味方問わず武器を売る商人だ。


「なるほど、君がうわさの『機械剣技法をつかう荒野の野良犬』か。持つ者の意志力で刃が自在に変化し、相手を確実に滅する魔法武器、ドッグ・セイバー。どこでそれを手に入れたんだい?」

「そんなことを聞いてどうする? 残念だけど売らないよ」


 美麗な若き機械犬は、腰に下げる剣の柄を握って身構えた。


「三十二億金貨でどうだろう。どこぞの小国が抱える借金と同じ額だよ」

「だったら、その国のお偉いさんにでも寄付すればいいだろ」

 

 柄と鞘を握り、心に「犬」の一字を抱いて剣を抜いた。

 鋭い剣身が水のように変化すると、鋼の刃を全身にまとった双頭の魔犬に姿を変えて、ヴァンに襲いかかった。

 噛みつこうと襲い来る魔犬。後ろに飛び退きながら、ヴァンはを避けていく。


「これがドッグ・セイバーの由来である、魔犬の力か。確かに見事! しかし、これならどうだ!」


 ヴァンは食べかけの肉を、遠くに投げ捨てた。

 機械犬の集中がそちらにむけられると、魔犬はその肉に向かって飛びかかり、口にくわえるや食べ始めた。


「あっ……」

「その武器の弱点は、術士の意識を他にそらして心を乱されると、剣身の魔獣も勝手に動いてしまうところにある」

「貴様ーっ、なんて姑息な」

「集中を維持するには鍛錬が必要なのだが、そんな野良犬に俺様が紹介する本日の商品はこれだ!」


 ヴァンは肩から下げる鞄から首輪を取り出した。


「この首輪はそんじょそこらにある代物ではない。この魔法の首輪は、駆け出しの機械剣術士につかう物なんだ。ようするに犬にはしつけが必要なのさ。いくら強い力があったとしても、しつけができてなければ言うことを聞かない。そのうち犬の方が偉いと勘違いして飼い主が操られてしまう恐れもある。そこで魔法の首輪の出番だ。これを剣身の魔獣の首にはめることで自在に操ることができ、無駄なく力を発揮してくれるようになる。しつけが終われば、首輪なしでもいうことをきくようになるだろう。通常五百金貨のところ、いまなら出血大サービス、二つで五百金貨。分割払いも承ってますが、数に限りがございますのでご決断はお早めに」

「タダではないのか!」

「こちとら商売でやってるんで、慈善事業じゃないんですよ。まあ、ひとつお願いはありますけどね」

「お願い?」


 麗しき可憐なる若き機械犬は剣を鞘に収め、ヴァンと向き合った。


「あなたのその力を、命を奪うのでなく、魂を守るものとして使ってほしい。人を脅かす鋭い剣の力を持ったまま、恐怖もはじき返す、民を守る強固な盾になってくれないか?」


 ヴァンは首輪を投げ渡した。

 聡明な若き機械犬は、迷わず受け取った。


「戦うときは、大事なものを守るときだけにするよ。自分を誇れるように言葉を胸に刻んで誓ってやる。大切なヤツを守る世界最強の盾になってやる!」


 機械犬が誓うと、ヴァンは微笑みを残して去っていった。


     ☆     ☆     ☆     ☆   


「というわけで、わたしは魔法の首輪を買って鍛錬に励み、機械剣術士を操る地獄の番犬、『機械犬』と呼ばれるまでになったのだ」


 えへん、と胸を張る機械犬。

 さくやとリョーマはあまりの長話に寝息をかいて、夢の中だった。


「……聞けよ」


 肩を落として、機械犬はまるくなった。 

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