第二十一話 形勢逆転
「とぉーりゃーっ」
掛け声あげるさくやは、前方にいるケロッチめがけて腕を大きく振りかぶり、思い切って星のダイスを投げた。腕をふる瞬間、さりげなく指と指の間を大きく広げて。
「どけっ、邪魔だケロ!」
勢いよく飛んでくると予想したケロッチは、リョーマを押しのけ、受け止めようと両腕を広げる。
だが、飛んでこない。
ケロッチは目を細める。
さくやの手からキラッと光るものが手前に落ちるのがみえた。
「騙したなケロ」
「えー、なんのことかなー」
ケロッチを馬鹿にしたような薄笑いをさくやは浮かべた。
むきになるケロッチは、慌てて走り出す。
歩道に落ちては弾み、さくやから二メートルほど離れたところまで転がった星のダイスは「3」の出目をみせた。
さくやは小さく微笑み、叫ぶ。
「リョーマ、正気に戻れもに☆」
次の瞬間、リョーマの目の下に出いていた黒いシミが消え、顔色が良くなっていった。
「……わたしは一体、いままで何を」
正気に戻ったリョーマは、さくやに向かって走っていくケロッチに視線が向く。
つい先程まで、戦っていたことを思い出した。
「リョーマの銃は撃てるようになったもに☆」
さくやの叫びを聞いて察した機械犬も、大声を張り上げた。
「ケロッチを撃て!」
リョーマは辺りを見渡し、歩道に転がっている銃を見つけると飛びつく。歩道で腹ばいの姿勢のまま構え、ケロッチの背中に狙いを定め、引き金を引いた。
「うぎゃ」
銃口から発射された銃弾がケロッチの左肩に命中し、圧に弾かれて前のめりに倒れこんだ。
「よっしゃー、形勢逆転だ!」
機械犬が、前脚をばたつかせて歓喜の雄叫びを上げる。
だがさくやは、飛び出そうとして思いとどまった。せめてリョーマが引き金を引いた瞬間に走り出していたら間に合ったかもしれない。
「い、いや……我の、勝ち……ケロ」
這いつくばって右腕を伸ばすケロッチは、なにかを掴み取ると、ケケケと小さく笑った。
すると彼を囲むように、突如として正三角形を描く赤い光のラインが出現した。正三角形の中にひとつ、ふたつと正三角形が描かれながら、正三角形の各頂点を中心に正三角形が描かれ、やがて円形の魔法陣へと展開していった。
描かれた魔法陣が、ゆっくり右回りに回転し始める。
あっ、と機械犬は驚いの小さな声を上げた。
「あれって転移魔法?」
さくやの問いかけに、肩に乗る機械犬は低く唸り声をあげた。
ためらわず機械犬を鷲掴みにする。
「さくや、何する気だ!」
「いま投げれば、少なくともイヌはケロッチと元の世界に帰れる」
大きく振りかぶろうとしたとき、機械犬がさくやの手に噛み付いた。
思わず手を振り払うと、機械犬は前回り二回転しながらさくやの頭の上に降り立った。
「ちょっとイヌ、痛いんですけど」
「余計なことをするな」
「はあ? なんでよ。帰りたくないの?」
「この姿で戻っても、何もできない」
さびしげな機械犬の言葉をきいて、さくやはそれ以上なにも言えなかった。
「礼を言うケロ、機械犬の味方する異世界の魔法使いよ。たしかに星のダイス『もに☆もに』は受け取った。愚かなる機械犬よ、リョーマとともに異邦のこの地で朽ち果てるが良い」
ケーケッケッケッケッケ―、と高笑いを残して、魔法陣の消滅とともにどこかしらへと消えた。
ケロッチが使っていた錫杖も、戦闘の痕跡すら残っていない。
まるで、はじめから何事も起きていないような静けさが漂っていた。
「取り返しのつかないことを……」
さくやの元に駆け寄ったリョーマは、膝をついて頭を下げた。
「機械犬殿、さくや殿。わたしのせいで星のダイスを奪われ、戻る手立てもなくしてしまい、申し訳ありません」
鼻をすすり、嗚咽が交じるリョーマ。
そんな彼女の前にさくやはしゃがみ、彼女の肩に手を置いた。
「大丈夫だって。魔法少女ホワイトエンジェルに変身できる夢野さくやが、機械犬とリョーマを元の世界に連れて行ってあげるもに☆」
「なにを、言ってるんですか。そんな気休め、言わないでください! ケロッチに星のダイスを奪われてしまったんです。わたしが、あのとき、引き金を引くとき、思わずためらって狙いを背中から肩へと外してしまいました。迷わず背中を狙えばよかったんです!」
未熟なわたしのせいで、とリョーマは歯の隙間から声が漏らして号泣した。両目より涙がぼろぼろこぼれ落ちていく。拭っても拭っても止まらない。終いには、涙で顔がぐしゃぐしゃになっていた。
そんなリョーマを、さくやはためらわず抱きしめた。
「気休めじゃない。だから、そんなに泣かないで。リョーマはよくやった。がんばった。わたしも機械犬も責めてないから」
励まそうとするさくやの言葉を聞きながら、リョーマは何かがずれているような、釈然としない変な気分をおぼえながらうなずいた。
「わたしを……責めないのですね」
少し落ち着きを取り戻したリョーマは、手の甲で涙を拭った。
「責める必要がないからね。だって、方法があるから」
さくやの言葉に、機械犬は気がつく。
「さくや、ひょっとしてはじめから……」
「ふふふ、まあね」
さくやは乾いた笑いを返す。
「でも、まずは家に帰ろう。おなかすいちゃった」
「そういえば、わたしも」
いまさらながら、リョーマは空腹だったことを思い出す。
ちょっとまっててね、そう言いつつさくやは、橋の親柱のとこに置いたチュチュバッグを取りに戻った。
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