第二十話  ファンブル

 棒立ちのリョーマの首筋に、ケロッチが錫杖をグイッと突きつける。

 アンブレラを握りながら身構えるホワイトエンジェル。

 ジャーク・ローヒーの手下だったケロッチは、卑怯にもかつての仲間を精神制御の術で操って人質とし、機械犬に星のダイスを要求してきた。


「こいつの命が惜しくば、星のダイスを早くよこせケロ」

「ケロッチ貴様ーっ、なんて悪辣な」


 ホワイトエンジェルの肩にしがみついている機械犬は怒りにまかせて吠えた。とはいえ、己の無力さ故に歯がないAIBO姿で歯噛みする他なかった。


「さあ、仲間の命と引き換えだケロ」


 ケケケケと薄ら笑うケロッチは、グイッとリョーマの首に錫杖を押し付ける。顎を上げさせられ、リョーマの顔が徐々に歪んでいく。

 ホワイトエンジェルは目を閉じ、深呼吸をした。

 小さな頃からテレビで活躍する魔法少女に憧れてきたから知っている。魔法少女とは、少女の変身願望を叶え、常に人々の希望であり、夢であり、欲望であり、癒やしと慈愛、浄化をもたらす存在。卑怯かつ卑劣な敵を前にしたとき、魔法少女達がどういう行動をとったのかも知っている。

 ゆえに、取るべき選択肢ははじめから決まっていた。


「さあさあ、星のダイスを渡せケロ!」

「えー、嫌だよ」


 目を開けたホワイトエンジェルは、あっさり答えた。


「そうそう、おとなしく渡す気に……ってお前、いまなんて言ったケロ?」


 ノリツッコミだ、とホワイトエンジェルは思わず鼻で笑ってしまう。

 異世界にも存在するとは、実に興味深い。


「聞こえなかった? わたしは『い!』、『や!』、『だ!』と言ったの」

「なんだと! リョーマの命が惜しくないのかケロ」


 ケロッチの声が裏返っていた。


「だって~、わたしは仲間じゃないしー、今日はじめて会ってー、ちょ~っと話しただけだからー、人質にして脅されても困ります~っ」


 ホワイトエンジェルはわざと語尾を伸ばし、困り顔で笑ってみせる。

 これには、肩にしがみついている機械犬も黙ってはいなかった。


「考え直せ。リョーマは、かけがえのない大切な仲間だ。無碍にできない」

「だとしても、脅迫されて悪に屈する魔法少女は見たことないよ」


 ホワイトエンジェルは即答し、天へと突き上げるアンブレラを両手で強く握った。

 たちどころに上空に暗雲が立ち込めてくる。


「考え直してくれ。人の命がかかってるのだ!」


 機械犬が耳元で、声を張り上げ必至に訴えてくる。

 舌打ちして、顔をしかめるホワイトエンジェル。間近で怒鳴られなくても聞こえてる、と言い返して横目で見た。


「イヌに聞くけど、星のダイスと交換だよ? 命がけで王女様から託されたのではなかったの? 仲間を助けるために悪の手先に渡してしまってもいいの?」

「それは……」


 機械犬は押し黙る。

 ホワイトエンジェルは、さらに言葉を続けた。


「イヌは英雄で戦士なんでしょ。王女様から託された星のダイスは、どんな犠牲を払ってでも、ぜったい悪の手に渡してはいけないのではないの?」

「……確かに、そうだ」

「だったら迷うことはない。後顧の憂いを断つためにも、いまここで、悪の手先ごと滅するまで」

「二人とも倒すつもりなのか?」

「リョーマもイヌと同じく戦士なら、人質という不名誉に甘んじることなく、身命を賭してでも守りぬく覚悟ができているはず。敵に奪われるくらいならいっそのこと、まとめて破壊する。いくぞ、わたしの必――」


 技名を叫びかけた瞬間、ホワイトエンジェルの全身から光が迸る。

 銀色の長髪も、純白のアンブレラや靴、服まで、もともと着ていた黒いゴスロリ服に戻り、変身が解けてしまった。

 握る黒い日傘をしみじみ見ながら、一日に二度も変身して必殺技を連発すれば星の子達が尽きてしまうのか、と魔法少女の限界に納得した。


「やっぱり必殺技を使えるほど残ってなかったのね」

「さくや、まさかそれがわかってて今まで」


 機械犬の問いかけに、さくやは静かに微笑み返す。


「さーて、こうなったらしょうがない。イヌの言うとおり、星のダイスをケロッチに渡そう。リョーマの命には代えられないからね」


 さくやは黒い日傘を差し、肩にしがみつく機械犬の前に手を差し出した。

 お手じゃないからと声をかければ、わかってると返事。


「リョーマを助けるために、星のダイスを出して」

「……うむ。それしかない」


 機械犬の口が開き、光を放つ金色のサイコロがころんと出てきた。

 落とさないよう、さくやはすぐに握る。


「イヌ、いいんだよね」

「他に方法はない。だが、リョーマと交換するだけだ。ケロッチの帰還は、なんとしてでも阻止せねばならない」

「難しい注文だね。たぶんわたし、今日はもう変身はできないよ」

「それでも、やらねばならないのだ」

「だったら、賭けに出るしかない」


 さくやは握る拳を自分の額につけ、祈る。


「ファンブルさえしなければ、勝機はあるから……」


 小声でつぶやいてから、まっすぐケロッチを見つめた。


「いまからそっちに投げる。だからリョーマを開放しなさい」

「わかったケロ」


 さくやは、大きく腕を振って星のダイスを放り投げた。

 

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