第十九話  超ピンチ⁉

「変身もに☆」


 走りながら右手を突き出し、さくやが叫ぶ。

 まとわりつく空気の流れとともに全身が光りに包まれるや、はじけるように消失。一瞬のうちに純白のロリィタ服に身を包む魔法少女ホワイトエンジェルに変身したさくやは、歩道を両足で蹴って一気に飛び上がる。

 前回り二回転半。雷鳴轟く暗雲から落ちた雷がヒールパンプスに集中し、身を翻しながらケロッチの頭上めがけて蹴りを食らわす。


「一撃必殺、ホワイトライトニングキィークッ」


 頭に直撃したケロッチは勢いのまま吹き飛び、掴んでいた機械犬を手放した。


「ひょぇえええええええええええええええええええええーっ」


 くるくると回りながら放物線を描いて飛んでいく機械犬。

 ホワイトエンジェルはどこまで行くのか目で追いつつ、飛び上がって受け止めると、橋の欄干へと飛び降りた。


「はい、イヌ回収っと」

「助けに来るのが遅いじゃないか」

「ごめん。色々手間取って。それよりあの修行僧が追っ手で、かつての仲間?」


 ホワイトエンジェルは、機械犬を肩に乗せた。


「そうだ。煩悩のプリースト・ケロッチ」

「ケロッチ? 名前に似て、蛙みたいな顔してるね」


 痙攣しながら歩道にひっくり返っているケロッチをみながらホワイトエンジェルは、ぷぷぷぷぷと吹き出した。


「しかもあいつは、大主教ジャーク・ローヒーの配下の者だったのだ。今までわたしを騙して仲間のフリをしていたんだ」

「うっわー、それってスパイやん。機密情報ダダ漏れって最悪。リーダー失格やね」

「言葉の意味はわからないが、コケにされているのはわかる。とにかく、ケロッチを拘束しろ」

「捕まえるの? どうして?」


 ホワイトエンジェルはケロッチに目を向ける。

 どういうわけか傍にリョーマが微動だにせず立っていた。

 なにをしているんだろう、と考える前に機械犬の声が耳に入る。


「ケロッチは、帰還の準備をしてこの世界に来ている、と言った。わたしたちはヤツを利用して元の世界へ帰りたいのだ」

「なるほどね、わかった。でも、さっきの一撃で気を失ってるんじゃないかな。わたしの必殺技をまともに受けたんだから」

「いや、あいつはプリースト。奴に放った魔法攻撃は半減されてしまう」

「マジで? わたしの魔法少女無敵伝説がーっ」


 ホワイトエンジェルは頭を抱えて声を上げた。

 リョーマといいケロッチといい、魔法対策されている事実に怒りが湧いてくる。

 魔法が存在する世界の住人は、実に用意周到だ。でなければ、生き抜くことができないのかもしれない。そう考えると、関心すら覚えてしまう。


「なにをごちゃごちゃと……貴様は何者だケロ」


 頭を振ってケロッチが立ち上がる。

 その様子にホワイトエンジェルは待ってましたと瞳を輝かせ、右手を前へと突き出した。


「まばゆき光、気高き白、聖なるゴスロリの命の叫び。魔法少女ホワイトエンジェル」

 

 白いアンブレラを右手に持ち替え、手首を返しながら八の字に大きく回して歩道を走り出した。一気にケロッチとの距離を詰める。

 だが突然、リョーマが間に割って入ってきた。

 慌ててアンブレラを引っ込めるホワイトエンジェル。咄嗟に後ろへと飛び退いた。


「いい忘れていたが、リョーマはケロッチに操られている」


 機械犬の囁きに、ホワイトエンジェルは眉をひそめた。


「また? しかも操っていたのはアイツだったのね」


 ホワイトエンジェルは、アンブレラを両手で握って構えながら、ケロッチの傍に立つリョーマを見た。

 彼女の目の下には、再びクマのようなシミができていた。

 そういえば、どうしてリョーマにかけられていた魔法が解けたのだろう。魔弾を撃ち尽くしたからだろうか。ならば、いまのリョーマが操られるはずがない。

 だとすると……、とホワイトエンジェルは一つの答えを導き出す。


「必殺技を見舞わせて、気を失わせれば魔法が解けるかもしれない」


 そうと決まれば遠慮なく二人まとめて必殺技を使うまで、と両手で握るアンブレラを天へと突き上げる。


「ついでに忠告する。一日に二度もホワイトエンジェルに変身し、必殺技も使ってしまった。このまま戦えば、おそらく星の子達の力が切れるはずだ」

「マジかっ。わたし、ひょっとして超ピンチ?」


 どきりとして胸を刺されたようなような感覚に襲われながら、どうしていいのかわからなくなる。体の奥の方から心音のドッドッドッと鈍い音が響き、手足がいやに重く、なぜか口の中がかさかさしてきた。

 あと一回、それとも二回?

 必殺技は、あと何回使えるのだろうか。

 使えば瞬時に変身が解けるかもしれない。

 それで勝てるなら問題ない。

 だけど、使う前に変身が解けでもしたらどうすればいいのだろう。

 思考が行動を鈍らせ、判断の妨げとなる。

 迷うホワイトエンジェルに見せつけるように、ケロッチがリョーマの首筋に錫杖を突きつけた。

 無抵抗のリョーマは、首に錫杖を落ち着けられても苦痛に歪まない。

 

「さあ、リョーマの命が惜しくば星のダイスを渡せケロ」


 ホワイトエンジェルは、アンブレラを天へ突き上げた姿勢のまま息を呑んだ。

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