3 A man can be destroyed but not defeated.
第十五話 正体がバレた?
「あ~、まずいまずまずい、しくった~!」
黒い日傘をさす夢野さくやは、チュチュバックを脇に抱えながら歩調を速めていく。
急ぎたくても通行人が多すぎる。いつものこととはいえ、人通りの半分以上は観光客に違いない。
ただでさえ警察に事情を聞かれると覚悟していたさくやであったが、予想以上に時間がかかってしまった。先に学校を出た機械犬たちとは五条大橋で落ち合う手はずになっている。そろそろ彼女たちは橋に着いたかもしれない。
さくやが急ぐには理由がある。
異世界から来た追っ手が、あと一人、いるからだ。
機械犬の話だと、そいつも彼女の仲間であり、リョーマ同様、操られている可能性が高い。
そもそも機械犬たちがいた世界には魔法が存在している。
もし追っ手が強大な魔力の持ち主だったら、刀をなくし銃一丁しか持っていないリョーマに勝ち目はあるのだろうか。
「わたしとのバトルで全弾撃った気がするから……ひょっとして丸腰? マジやばいやん」
やばいやばいやばいとつぶやきながら、さくやは更に歩調を速める。
結局戦うのは自分しかいないじゃないか。
魔法が効かない相手の場合、魔法少女に変身しても勝てるか不明だ。
勝敗よりも厄介なのは、追っ手を含めて彼女たちが『異世界の住人』という点にある。
道行く多くの人達や世界文化遺産の建物などに気を使い、彼女たちが戦いを回避してくれるはずがない。もし戦いによって二条城や金閣寺などが炎上したら、と想像するだけで体中から汗が流れ出ていくほどの不安に囚われる。
できることなら、関わり合うことなく逃げ出したい。
でも、さくやは機械犬と約束したのだ。
元の世界に戻る手助けをする、と。
早く二人に追いついて、追っ手に見つかる前に帰宅しなくてはならなかった。
「さくやさん、話があるんやけど」
いきなり声をかけられた。
声をかけてきた相手をにらみつけると、立っていたのはクラスメイトの香織だった。舌打ちしそうになりながらも慌てて警戒を解き、にこやかな作り笑顔を浮かべる。
香織は、通りかかるのをずっと待っていたのだろう。
警察よりむしろ、彼女に待ち伏せされることを予想していたため、さくやは驚かなかった。
香織を一瞥し、
「怪我がなくてなによりやったね」
ほなさいなら、と言葉をかわして歩調を速める。
「ちょっと待って、さくやさん」
追いかけてくる彼女を気にしながら、どうしようかと歩幅を広げて歩いていく。
緊急事態だったとはいえ、学校の教室で、しかも彼女の目の前で魔法少女に変身したのはさすがにマズかった。
正体を知られた可能性が非常に高い。
高いというより、絶対気づいた。
目の前で変身して、わからないほうがどうかしている。
もし仮にわからなかったとしたら、目を閉じていたか気を失っていたか、見たけど限定的突発性健忘症に襲われて、変身していたときだけの記憶をなくしてしまったかのいずれかに違いない。
そんなラッキーな偶然が起こりうるはずがない。
数多の魔法少女作品において、正体がバレることは新たなトラブルに繋がるだけでなく、必ずピンチになる伏線だったじゃないか。
かつて、魔法少女になった翌日に正体がバレた作品があっただろうか。
仮にあったとしても、仲間や関係者だったはず。
まさか、香織が二人目の魔法少女になる伏線なのか。
否、断じて否!
ご都合主義で世界は回っているはずがない!
さくやは心の中で、頭を抱えながら叫んでいた。
「さくやさんが、助けてくれたんだよね。わたし、お礼が言いたくて」
さくやは確かに聞いた。聞こえた。
思わず歩みを止めて振り返る。
「お礼?」
「うん。魔法少女ホワイト……なんだったかな、名前忘れちゃったけど、いつも黒い服きてるけどあのときは真っ白で、すっごく可愛かった」
し、しまったーっ。
さくやは額に手を当て空を仰ぐ。
完全にバレてるーっ。
お礼という言葉に一瞬でも、享保元年創業の和菓子店笹屋伊織が毎月三日間しか販売しない幻の「どら焼き」か、享保元年創業の京懐石美濃吉本店、竹茂楼の食べれば舌が喜ぶ「京わらびもち」、あるいは元和三年創業の和菓子屋亀屋清水の和栗がまるごと入った三層仕立ての「大人の栗羊羹」をもらおうかと期待してしまったじゃないか。
心の隙間を誘う大胆な手口、やるな香織。なんて恐ろしい子。
だが、認めるわけにもいかない。
「あ、あれは……わたしではない。断じて違うから」
「でも」
「たしかに、突然パーッと光った。わたしも見た。でもあの瞬間、わたしはダッシュで屋上に逃げたから。真っ白なロリィタ服の魔法少女ホワイトエンジェルに華麗に可愛く変身して、グラウンドでかっこよく戦ってなんかないんだからね」
「ホワイトエンジェルっていうんだ」
「あ」
ニコニコ笑う香織を目の前に、さくやは口を閉じる。
自分でどんどん墓穴をほっていく気がしてならない。
こうなったら、最後の手段。
「ちゃうねん、違う、うちやないんやからー」
さくやは叫びながら、全力でその場から逃げ出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます