第十四話 これこそ制服

「夢野さくやさんだね」


 正門をくぐり抜けたとき、二人組の背広を着た冴えない中年男性に声をかけられた。

 一人は痩せ型で、もう一人はぽっちゃりとして眼鏡を掛けている。

 どちらもさくやよりは背が高く、中年としては平均的な体型といえた。


「いいえ、人違いです」


 棒読みでつぶやきながらすり抜ける。

 機械犬にまかせて、下校する生徒に紛れ込ませてリョーマを逃す計画はすでに成功した。いまは一刻も早く学校から離れなくてはいけない。


「ちょっと事情を聞きたいんやけど」


 先程の二人のうち、痩せ型の男が背後から声をかけてきた。

 さくやは胸を張りながら息を吸い、


「助けてください、変質者です!」


 口に手を添えて大声を張り上げた。

 周りを歩いていた生徒だけでなく、車道を挟んだ向かい側の歩道を歩いている人たちも、男たちを見た。


「ち、違う。警察だ、警察!」


 男たちは警察手帳を掲げ、周囲の誤解を解こうとしはじめた。その間にさくやは日傘片手に堂々と歩いていく。


「待ちなさい、いくつか君に聞きたいことがあるんだ。どうして逃げるんだい」


 しつこく二人がついてくる。

 さくやは息を吐くと立ち止まり、日傘を上げて振り返った。


「知らない人についてはいかない。知らない人の車に乗らない。危ないと思ったら大きな声を出す。その場からすぐ逃げる。大人の人に知らせる。防犯教育で教わったことを実践したまでです」

「我々は警察です。君から話を聞きたいだけなんだ」


 眼鏡を掛けた男が口を緩ませている。ただ、目は笑っていなかった。


「警察手帳を見せられても、あなた達が本物の警察なのかはわたしにはわかりません。真偽はともかく警察手帳はネットでも買えます。偽物の警察手帳をつかってわいせつ目的の誘拐や監禁を行った事件も起きてます。そもそも、わたしたち一般人の多くが、本物の警察手帳を見たことがありません。知らないものを見せられて、本物だから信用しろと迫られても困ります。恐喝じゃないですか」

「我々は、本物の警察です」


 痩せ型の男が、さくやの顔の前に警察手帳を突き出した。


「お二人が警察の人だとしましょう。だからといって、簡単に信用はできません。警察をはじめとする公務員がわいせつ行為を行った事件も少なくありません」

「君のような若い子にいわれると耳が痛いですね。おっしゃるとおり、同じ過ちが起きないよう我々は襟を正して職務を努めています」

「そうですか。言葉だけでなく行動で示していってください」


 さくやは前を向いて歩き出そうとする。


「我々は校内で起きた騒動について話を聞きたいだけです。ほかの生徒さんたちから事情が聞けたのですが、君からはまだ聞けていませんので」


 さくやは立ち止まり、振り返った。

 午前中の自習時間、さくやはリョーマと一緒に屋上にいた。遅れて教室に戻ると、担任から「すぐにアンケート用紙に答えるように」と渡され、適当に記入して提出した。だけど、どうやらアンケートとは別に、クラスメイトから事情聴取をしていたのだろう。なぜなら、リョーマが窓から飛び込んできた教室は、さくやのクラスだったからだ。


「手短に。なにを聞きたいのですか」

「校内に侵入した不審者に対し、真っ先に声を上げたのはあなたですか」


 眼鏡をかけた男が質問し、痩せた男が手帳を取り出す。


「真っ先かどうかわかりませんが、びっくりして悲鳴を上げました」

「教室の窓から侵入した不審者の前に立って、逃げ遅れたクラスメイトをかばったのもあなたですか」

「かばったわけではなく、思わずそうしただけです」

「そのあとはどうしましたか」

「突然目の前が光って、白い天使みたいな人が現れた気がします。びっくりして、逃げ出しました」

「どこへですか」

「屋上です」

「自習時間、教室にあなたの姿がなかったそうですがどちらへ行ってましたか」

「屋上です」

「逃げ出してからずっと、ですか」

「はい」

「どうして?」


 淡々と答えてきたさくやは、少しうつむき、息を吐く。


「彼女を助けようとして飛び出したのに、逃げ出してしまって……教室で合わせる顔がなかったからです」


 そうですか、と眼鏡の男がつぶやくと、痩せた男が書きこんだ手帳を閉じた。


「それじゃあ、失礼します」


 一礼すると、前をむいて足を踏み出す。


「最後に一つだけ、いいですか?」


 眼鏡の男の声を耳にして、さくやは息を吐く。


「なんですか」


 振り返って、日傘を少し上げた。


「夢野さくやさん、あなたはどうして制服を着ていないのですか」

「着てますが、なにか」

「着てないじゃないですか。あなたが着ているのは……えっと、ロリィタとかいう服なんでしょ」

「ゴスロリ」

「はい?」

「ゴスロリ。ゴシックロリィタです」

「だからロリィタでしょ」

「違います。ポケモンとドラえもんが違うのと同じように、ロリィタとゴスロリは違います」

「どちらでも良いんですけどね、他の生徒さん達は制服をきているのに、どうしてあなただけ違うんですか」


 さくやはポケットから生徒手帳を取り出し、はじめのページを開いて二人に突き出した。


「本校は、自学・自成・自立の校訓のもと、生徒の自由と自主性を重んじられています。ゴスロリをこよなく愛するわたしにとって、これこそが制服なのです」


 では失礼、と二人に頭を下げたさくやは、日傘片手に通りを歩いていった。

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