第十三話 戦い終わって

「ここは……」


 仰向けになっていたリョーマが、ようやく目を開ける。

 彼女の黒い羽織袴は、先の戦闘で大きく破れ、あちこち焦げ跡もみられた。

 手をついて起き上がろうとするも、激痛が走ったのか、顔を歪めて起こせず、かわりに息が荒くなる。

 腕一本、動かすのも難しそうだ。

 

「気づいたみたいね。わたしの言葉、わかる?」


 さくやの呼びかけに、リョーマは視線を向けた。

 顔を歪めながら、ゆっくり首を縦に動かす。


「わたしは夢野さくや。ここはわたしが通っている学校の屋上、って言ってもわからないだろうから……ここは、ジャーク・ローヒーによって機械犬が転移させられた異世界、と言えばらわかる?」

「……き、機械犬……殿は」


 声を絞りだすリョーマ。

 なにか言いたそうだった。


「その前に確認なんだけどこの子、ほんとうに正気に戻ったの?」

「問題ない。黒ずみが消えている」


 さくやの問いかけに、リョーマの顔を覗き込んで機械犬が答えた。


「どれどれ」


 自分の影がかからない位置に移動しつつ、さくやもリョーマの顔を覗き込む。

 たしかに目の下にあったシミのような黒いものは消えていた。


「確かに。だったらいい」


 機械犬の言葉に投げ捨てるように答えると、チュチュバッグ片手に愛用の日傘を差しながら、さくやはフェンス越しに見下ろした。

 学校のグラウンドは、ひどく抉れてしまっていた。

 警察や消防車両も駆けつけ、ちょっとした騒ぎになっている。

 怪我人は出なかったのだろう。要救助者を誰も乗せずに救急車が帰っていく。

 午前中は自習にして午後の授業は中止、と校内放送が流れていた。自習時間を使って、生徒からアンケートを取って目撃証言を集めるに違いない。

 大半の生徒なら、「校内で暴れた謎の黒い侍を白い天使が退治した」と答えるだろう。そんな証言、警察がまともに聞くかどうかはわからない。


「やっぱり、学校で変身ってのがマズったなぁ」


 クラスメイトの香織の前で変身したことを思い出し、さくやは息を吐く。

 彼女がしゃっべたら、真っ先に疑われる。だからといって、漫画やアニメみたいに魔法少女になれると誰が信じる? 信じるわけがない。

 とにかく、屋上に警察が来ないうちにリョーマをなんとか逃さないといけない。

 でないと、面倒なことになりそうだ。


「わたしは何を……」


 リョーマの声にさくやは振り返る。

 ゆっくりとだが、体を起こそうとしていた。


「おまえはジャーク・ローヒーに操られていたのだ。それにしても生きていて嬉しいぞ」


 リョーマの前で、子犬と子熊にも似た白い機械人形、AIBOが前脚をばたつかせている。


「人形が……しゃべってる?」

「そういう人形もたしかに存在するけど……こいつは、他の人形とはちょっとちがうかな」


 リョーマの傍に寄ってしゃがんださくやは、AIBOを抱きかかえた。


「先程から……機械犬殿の声がするのに、お姿が……」

「なに言ってるの。イヌならここにいるじゃない」


 さくやはリョーマにAIBOを抱かせてやった。


「はい?」

「だから、機械犬。仲間だったんでしょ?」


 さくやの言葉に、リョーマはAIBOを掴んで体を起こした。


「こ、これが? あの、ラブリーでプリティーな機械犬殿が、これ!」

「これです、はい」


 頬を赤らめる機械犬は前足で頭をかきながら、「ジャーク・ローヒーの呪いでこんな姿になってしまった」と説明した。


「おかしすぎ……いやもとい、おいたわしすぎます」


 笑いをこらえるリョーマは、AIBO姿の機械犬をギュッと抱きしめ、硬い体に頬ずりをした。


「こっちは危うく死にかけたっていうのに、イチャイチャと……そういえば、追っ手はもう一人いたはず。誰なのか覚えてない?」

「もう一人、ですか?」


 さくやの問いに首をかしげるリョーマ。

 操られている間の記憶がないのかもしれない。いつ襲ってくるかわからない相手に怯えるより目の前の危機に集中しようと、さくやはリョーマの手から機械犬を取り上げる。


「悪いけど、急いで着替えてくれる?」


 さくやがチュチュバッグから取り出したのは、学校指定の制服だった。


「それに……着替える?」

「あなたの羽織と袴姿は目立ちすぎる。なにより、わたしの攻撃を受けてボロボロだしね。サイズが合わなくても文句言える状況じゃないから」


 制服を受け取るも、リョーマはわからないという顔をして機械犬に目を向ける。


「さくや、どうするつもりだ?」


 かわりに機械犬が問いかける。


「いまのままだと、わたしの正体だけでなく、リョーマの存在が新たなトラブルを起こしかねないの。おそらく警察は校内で暴れた侍、つまり、リョーマを探してる。異世界から来ましたと説明しても、信じてくれるとは思えないからね。だったら、ここからバレずに逃げるしかない。学校指定の制服を着ていれば、警察に怪しまれずに他の生徒と一緒に学校を出ることができるはず」


 さくやが答えると、機械犬はリョーマに着替えるように命じた。


「追っ手はあと一人いるのだから、さくやの言うとおりにしよう」


 リョーマはうなずき、破れた羽織袴を脱ぎ始めた。

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