第十六話  五条大橋の上で

「夢野さくや殿とは、いったい何者なんですか?」


 セーラー服に身を包むリョーマが、AIBO姿の機械犬を肩に乗せ、五条大橋に向かって歩道を歩いていた。

 周りには同じ明るい紺色の制服を着た生徒たちの他に、観光客の姿が混ざっていた。

 片側三車線の大通りを列をなして走っていた自動車が止まりだす。

 信号が変わり、みんなが立ち止まった。

 なぜ立ち止まったのかわからず、リョーマは前を歩いていた人にぶつかりそうになる。


「ぼんやりしてるとぶつかるぞ、リョーマ」

「すみません。ほんとうに異世界にいるんですね」


 操られていた間の記憶がないリョーマにとって、気づいたら見知らぬ異世界にいる状況自体に混乱していた。

 どこを見ても、見知らぬものばかりで落ち着かない。

 姿を子熊のような機械人形のAIBOに成り果てたとはいえ、仲間である機械犬が一緒のおかげで、かろうじて平静さを装っていた。

 とはいえ、機械犬も異世界に飛ばされて日が浅い。

 さくやに言われたとおり、道をまっすぐ歩いて橋へと向かうしかなかった。


「ジャーク・ローヒーの奸計により、妙ちくりんな姿にされたわたしは、この異世界に飛ばされた。わたしを助けてくれたのが彼女、夢野さくや。中学二年生の十四歳。助けたお礼をせびられて、星のダイス『もに☆もに』を使わせてみた。王家の方々以外使えないものだから、無理だと思ったのだ。ところが、魔法少女とやらになるのを夢見ていた彼女は変身できる力を得たのだ」

「使わせたんですか!」


 思わず声を荒げた。

 周りの人たちが、怪しげな目をリョーマに向ける。

 慌てて肩にしがみついているAIBOを手にし、「誰にも使わせないんだから」とギュッと抱きしめた。

 歩行用信号の色が変わる。

 みんなが歩き出すと、周囲の目が引いていった。


「機械犬殿、どこに追っ手がいるかわからないのだから、大きな声で変なことを言わないでください」

「取り乱して大声を出したのはリョーマだろ」

「そう、ですね。気をつけます」


 抱きしめたAIBOを肩に乗せ、リョーマは五条大橋へ歩き出した。橋を渡りながら、石造りの欄干から下を流れる川に目を向ける。

 橋の長さに比べて川幅が狭い。

 季節によって増水するのを見越した設計なのだろう、と想像しつつ歩みを止めた。


「話の続きですが、星のダイスを使えたんですか、さくや殿は」

「そうだ」

「彼女は王家の血を引く姫君ですか?」

「わからん。ここは異世界。我らの住む世界とは異なる万物精霊則が働いているのやもしれん」

「王家以外の者が使ったと聞いたら、さぞや驚くでしょうね」


 機械犬は小さく首を振る。


「王家以外の者の仕様は禁止されているのは知っている。だが、ここは異世界。しかも、助けた礼を返す方法がわたしには他に思いつかなかったのだ。それに知っているだろ。わたしもリョーマも、そもそも星のダイスを使うことができない」


 そうですね、とつぶやいてリョーマは歩き出す。


「星のダイスが使えるのは王家の方々だけです。そのためにジャーク・ローヒーは狙っているのですね」

「狙われたのだ」


 機械犬は、リョーマの受け答えに齟齬をあると気がついた。


「そうか、操られている間の記憶がないのだな。王城は陥落し、王家の方々が虐殺された今となっては、扱えるのは王女陛下ただ一人。その王女陛下も、いまやジャーク・ローヒーに幽閉されている」


 リョーマは、はっと立ちすくむように驚いた。

  

「そんなことが……」

「囚われの身になることを予見したからこそ、王女殿下はわたしに星のダイスを託したのだ。世界を手にしようと目論むジャーク・ローヒーに使わせないために」

「でも、ジャーク・ローヒーにも星のダイスは扱えないはずです」

「だから王女殿下を捕らえているのだ。星のダイスを振らせるつもりで」


 リョーマは、機械犬の言葉に首を横に振った。


「ありえません。あのダイスは、振った者の願いしか叶えられないと聞いています。安寧を願われている王女殿下が、世界の破壊と混沌を求めるジャーク・ローヒーに手を貸すはずがありません」

「普通ならばな。だが、星のダイスを手に入れようとわたしの仲間であるリョーマを操って送り込んできたように、王女殿下を籠絡するつもりなのだろう」

「なんて恐ろしいことを……ジャーク・ローヒーめ」


 リョーマは、爪が食い込むほどに両手を固く握った。


「王女殿下は予見され、危惧してダイスを託したのだ。そうとは知らず、ジャーク・ローヒーはわたしを異世界へ飛ばした。焦っただろうな、王女殿下が星のダイスを持っていなかったのだから」


 ふふふんと機械犬が笑う。


「だからわたしの仲間を操り、追っ手として差し向かわしてきたのだ。そして、もう一人」


 シャキーンシャキーン、と甲高い金属音が聞こえる。

 橋の向こうから、網代笠で頭を覆って黒い直綴に身を包んだ、托鉢の修行僧が歩いてくる。歩くたびに先端に輪のついた錫杖を突いていた。

 橋の真ん中辺りまで来ると、修行僧の男は立ち止まった。


「星のダイスを手に入れたか、リョーマよ」

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