第十七話 第二の刺客
「星のダイスを手に入れたか、リョーマよ」
リョーマと機械犬は、五条大橋中央の歩道で立ち止まった修行僧に声をかけられる。
手に錫杖を持ち、小袖の上に墨色の直裰を重ね着し、足元は脚絆と草鞋、深々と網代笠を被った旅支度の服装をしていた。
「それにしてもお腹すきましたね」
リョーマは人の流れに沿って、修行僧の脇を素通りしていく。
「そうだな。もうそんな頃か」
リョーマの肩にしがみついている機械犬は、こちらの世界は料理の種類が豊富で見ているだけでも涎が出ててくるぞと口を開けた。
「昨日、さくやの母上が作られたのは、鱧の湯引きだった」
「なんです、それは」
「細長い魚で小骨が身体全体にあるため、骨切りをしないといけないらしい。すでに調理済みのものを食べやすい大きさに切りわけ、たっぷりの湯にくぐらせて花が咲いたように身が広がれば湯から上げ、冷水にひたして締める。水気を切って皿に盛り付け、梅肉と酢みそを添える。暑い日に食べるとさっぱりするのだそうだ」
「食べてみたいですね。こっちに来てなにも口に入れてませんから」
機械犬に語りかけながら、リョーマはお腹を触った。
食べ物のことを考えていたせいか、空腹さが気になってくる。
「おい、どこへ行くケロ」
修行僧は振り返り、リョーマの背中めがけて錫杖を突こうとした。
「朝食はパンだったが、白くてふんわりとして素晴らしいのだ」
「いいですね。どこにいけば美味しいものを食べられるのでしょうかね」
呑気に話しながら反射的にその場に素早く腰を下ろしたリョーマは、右足を軸に左足を回して後ろを振り向き、伸びてきた錫杖を握った。
一気に錫杖を引っ張るのと同時、セーラー服の下から黒光りする銃を取り出し、錫杖に沿わせて引き金を引いた。
「ん? 弾が」
リョーマは目を細める。
発射されないだけでなく、掴んだ錫杖の手応えが軽い。
見上げると、予想以上の跳躍力で修行僧が、宙高く舞い上がっていた。
「操られていたときの戦闘で、撃ち尽くしているのだ」
「……そうなんですか」
肩にしがみついている機械犬の言葉を聞いたリョーマは、宙に飛び上がって逃げた修行僧めがけ、錫杖を投げつけた。
射抜けると思いきや、狙いがずれて網代笠を弾き飛ばす。
空中で錫杖を掴んだ修行僧は、そのまま橋の石造りの欄干に降り立った。
シャラララーン、シャララララーンと錫杖の音を鳴り響かせる。
突然の出来事に周りの人達は立ち尽くしていたが、誰かが走り出すと、橋の歩道にいた他の人たちも一斉に橋から去っていった。車道を走っていた車も、通り過ぎたあとは一台も橋を渡ろうとはしなくなった。
「これで邪魔者は入ってこない。さてリョーマよ、なぜ我に歯向かおうとするケロ」
網代笠に隠れていた顔があらわになった修行僧を見て、リョーマは銃を構える。
目と目が離れ、涙袋がはっきりし、平たい鼻に口は大きく唇は薄いエラの張った顔をした男に見覚えがあった。
「当然です。わたしは機械犬殿の仲間であって、あなたの手下ではないからです。煩悩のプリースト・ケロッチ」
「お前、目の下の印が……そうか、精神制御の術が解けたか。解ける頃合いにはいささか早い気もするが、まあ良いケロ。だが、お前からは星のダイスの反応がを感じる、ということは半分は成功したということだケロ」
錫杖を振り回して音を鳴らしながら、ケケケケとケロッチは笑う。
リョーマは顔をしかめた。
「成功だと? それに精神制御……ということは、お前がわたしに術をかけたのか」
「いかにもケロ」
「なぜだ」
「お前の剣と銃の腕が必要だった。一人でも任務を遂行できたが、より確実に星のダイスを手に入れるためには、我が手足となって動いてくれる傀儡が必要だったのだケロ」
ケロッチが発した「傀儡」という言葉を聞いたリョーマは、凄まじい怒りで眉をひそめ、大声を張り上げる。
「なぜお前が星のダイスを手に入れようとする? わたしたちには扱えないものなんだぞ。王女殿下を操って、私利私欲に使うつもりか?」
「できるならとっくにそうしてるケロ。我が精神制御の術をもってしても、王家の血を引く王女を操ることはできない。王女には魔法を無効化してしまうゼオン神の御加護があると聞いているケロ」
「だったら、手に入れたとしても宝の持ち腐れになるだけではないですか。お前もサ・ルアーガ・タシア王国の平和を守るために戦う機械犬殿の仲間として、愚かなことはやめなさい」
「たしかに星のダイスを持っていても無価値だが、大主教ジャークローヒー様なら、王女ごときたやすく操ることができるはずケロ」
ケッケッケッケー、と小馬鹿にしたような声でケロッチが笑った。
リョーマは大きく声を上げる。
「貴様、破壊と混沌の世界に陥れようとするジャーク・ローヒーに寝返るつもりか?」
「寝返る? なにを愚かなことを言っているのだ。はじめから我は大主教ジャーク・ローヒー様の配下なのだケロ」
「な、なんだってっ」
リョーマは、残弾の切れた銃を両手で握りしめた。
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