第十一話 最高のシチュエーション
さくやは手すりにしがみつき、よろめきながらもようやく三階にある自分の教室前にたどり着いた。
さすがに休憩なしの階段ダッシュはきつい。
寄る年波には勝てないねとつぶやくと、年配者から白い目で見られそうな気がして口に手を当てた。
こういうとき、日頃の運動不足に苦しめられる。
次からは運動しよう、と何度目かの誓いを立てて、そっと折りたたんで心の奥の方にしまい込んだ。
「さくや、気をつけろ!」
「へ?」
遠くから聞こえた機械犬の声に、さくやは慌てて顔を上げる。
先ほど校庭でひっくり返ったはずの侍が、開いている窓から教室に飛び込んできたところだった。
その侍がかぶる編み笠に、機械犬がしがみついているのが見える。
「マジかっ」
ここは三階だぞ、と叫びそうになる。
異世界人には常識は通用しないのかもしれない、とさくやは自身に言い聞かせて覚悟を決めた。
「みんな逃げて!」
さくやは大声を張り上げた。
声を上げるまでもなく、突然の出来事に教室にいたクラスメイトたちは、慌てて廊下へと逃げ出していく。
そんな彼女らに逆らいながら、さくやは教室の中へと入っていった。
「イヌ、こっちへ!」
受けとめようと両手を広げるさくや。
AIBOのどこにそんな脚力があるのかわからないが、機械犬は編み笠の上からジャンプし、さくやへと飛び込んできた。
受け止めて、すぐに抱きかかえるさくや。
「弾力があんまりないね」
「よけいなこと言うな!」
気にしてるのに、さくやはげんこつで機械犬の頭を殴った。
侍が狙っているのは機械犬の持つ星のダイス。編み笠の上にしがみついていたのだから、そのまま持っていけばよかったのではないだろうか。きっと、機械犬がAIBOの姿になっているのを知らないのだ。
奪われなくて良かった。
でもどうして三階にまで来たのだろう。
発信機が星のダイスに仕掛けられているという、さくやの予想は外れたことになる。だとすると、侍が追ってきたのは星のダイスによって叶えられた対象なのかもしれない。
つまり、魔法少女に変身する力を得たさくや自身を追ってきたのだ。
「なんて迷惑なっ」
思わず口に出してしまう。
このままでは関係ない人達も巻き込まれてしまう。
クラスメイトや学校のみんなを守るため、星のダイスを持つ機械犬だけを差し出しても、追っ手の侍が大人しく引き下がってくれる保証はどこにもないわけだ。
手に入れたら入れたで、生徒を切り刻みながら校内を歩きまわるかもしれない。
もちろん、そうならないかもしれない。
とはいえ、ひょっとしたらもありえるかもしれない。
かもしれないばかりくり返して、相手の心に想像という理想郷を作っても、所詮は空想の産物。絵空事に過ぎない。考えるだけ無駄だ。
そもそも、機械犬を差し出してこの場を切り抜けたら、魔法少女としての矜持を失ってしまう。
そんな情けない魔法少女に憧れた覚えはさらさらなかった。
「みんな、はやく逃げて!」
教室に残っているクラスメイトにむけて、さくやは叫んだ。
追っ手の侍は、机の上から降り立ち、ゆっくりと刀を抜いて中段に構える。
残っていたクラスメイトたちが悲鳴をあげ、慌てて廊下へ逃げていく。
さくやが室内を一瞥すると、床に倒れて膝を震わす香織がいた。
「香織さん、逃げなさい」
「で、でも……足が」
ころんだのか、腰が抜けたのか。
逃さないと彼女が巻き込まれる。
「いいから!」
さくやは声を上げ、編み笠の侍を睨みつける。
特別、彼女と仲がいいわけでもない。
友達でもない。
クラスメイトというだけ。
でも魔法少女なら、それで充分。
香織をかばうようにさくやは移動し、AIBOの機械犬を抱えながら身構えた。
「そこは窓や。入りたければ堂々と入り口から入ってきなさい」
「失礼、次は気をつけよう。次があったらな」
侍の、少年のような軽く明るい歓喜の声が返ってきた。
言葉が通じる?
対話でなんとかなるかもしれない。
淡い期待を込めてさくやが説得しようとしたとき、目の前の侍は刀を上段の構えにした。
言葉が通じるからと言って、会話が成り立つとは限らない。
「魔法少女としては最高のシチュエーションね」
さくやは息を吐き、機械犬を肩に乗せつつ、相手を睨みながら間合いを取る。
次の瞬間、肩幅以上に足を開き、左手を握って腰で構え、右手は指を伸ばして鋭く前に突き出した。重心を左脚から右脚へと映しつつ、互いに固く握った拳を引き合わせるように振りかぶるや、体を起こして左拳を腰へ引きつつ、右手刀を体の前で振り下ろす。
間髪入れず、右拳を腰に構えて左手を右斜め上へシュバッと勢いつけて伸ばし、体の前で大きく左斜めの方向までぐっとまわす。
「へ~~~~ん」
先に上体から右へ移動しながら両腕を右側へ大きく振った。
「しん! もに☆」
さくやは、もに☆と言いながら可愛くウィンクした。
瞬間、全身がまばゆい光に包まれる。
突然の眩しさに、追っ手の侍と香織は目を閉じた。
二人がゆっくりと目を開けたとき、そこには白いアンブレラを片手に、純白のロリィタ服に身を包んだ魔法少女が立っていた。
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