第十話 魔法少女の願い
「来たぞ!」
肩に乗る機械犬の声に、さくやは我に返った。
目を凝らしてみる。
間違いない。
昨日、四条交差点にできたクレーターの中心で見かけた二人のうちの一人。
ということは、星のダイスを奪いにやってきた機械犬の追っ手だ。
「でもなんで? 見つかるの早すぎ。っていうか、昨日の今日でバレるなんて嘘やろ」
なにか理由があるはずだ。
攻撃した瞬間を見られた? 仮に見られたところで、学校にやってくるはずがない。だとすると、発信機のようなものを着けられているかもしれない。着けられているとするならば、機械犬の体? それともあるいは……と、さくやは機械犬に目を向ける。
「さくや、変身するんだ」
「ここでは無理っ」
さくやは膝を震わせながら身構えた。
原因がわかったところで、状況が一変するわけではない。
どうしたらいいのだろう。
香織と若葉はまだ気づいていない。
このままだと、ここにいるみんなが巻き込まれてしまう。
だからといって、みんなが見ている中で変身はできない。いや、できないというよりはしたくない。そんなことしたら、速攻で正体がバレるじゃないか。
取扱説明書には正体がバレても、元の姿に戻れなくなるとか犬になってしまうとか、ペナルティーが発生するとは書いてなかった。
だから変身がバレても、魔法少女にはなれるハズ。
……ハズなんだけど、その後の学校生活はどうなる?
ただでさえ、ゴスロリ服で授業を受けていると周囲から白い目でジロジロ見られたり影でコソコソ悪口言われたりしているのに、魔法少女のことで脅されたりいじられたりするかもしれない。
そもそも、いきなり正体がバレる変身ヒーロー・ヒロイン作品なんて聞いたことがない。仮にいたとしても、正体を知るのは主人公とともに危機的状況に巻き込まれた関係者のはず。
学校で変身するのだけは、どんな事があっても阻止しなければいけない。
とはいえ、一人だけ逃げるにしても、いまからでは間に合わない。
この状況でできることがあるとしたら、
「きゃぁあああああああああああああああああああああああーっ!」
さくやができたのは悲鳴を上げることだった。
彼女の声に気づいて振り返る若葉達。
そのときには、さくや以外の生徒も声を上げて逃げ始めていた。
いきなり走り出す周りに流されながら、さくやも逃げていく。
だが、駆け込んでくる侍との距離は、三メートルを切っていた。
こうなったら――。
さくやは肩にとまる機械犬を、ガシッと右手で掴むや右足の内側を正面に向けて左足を上げ、投げる方向へと踏み出す。同時に体を捻りながら掴む右手を大きく前へと振り、容赦なく侍に向けて投げつけた。
「ひょええええええええええええええええええ―――――っ」
悲鳴をあげる機械犬。
侍は飛んできた機械犬に向けて刀を抜く。
叩き落とすように腕を伸ばして鋭く振る。回転がかかりながら飛んでいく機械犬は、紙一重で一刀を避け、侍の顔に直撃した。
ぐわっと、首を上げて侍は仰け反る。よろよろとバランスを崩して背中から倒れ込んだ。
「いまのうちにみんな、逃げて!」
ありったけの声を上げて、さくやは叫んだ。
若葉達の背中を押して昇降口へと入り、他の生徒達も駆け込んだのを確かめると、急いで硝子扉を閉め、鍵をかけた。
常識人相手ならこれで安心、と一息つける。
でも相手の侍は、機械犬を追って異世界からやってきた刺客。
扉をぶち破って侵入してくるかもしれない。
「とにかく走って!」
靴箱の前や廊下でもたついている生徒たち叫びながら、さくやは廊下を走り、階段を駆け上る。
走りながら、持てる知識を思い返してみた。
これまで、数多の魔法少女作品が世に生まれてきた。
たとえば、魔法少女となるのと引き換えに、身体は魂を抜かれた躯となり、変身や負の感情を抱くと汚れが貯まると魔女に変わり果てることを知り、今まで戦ってきた魔女は自分たちの成れの果てであるという逆らえない運命を知ってしまう作品。
他には、不幸な境遇にいる少女たちがウェブサイトから魔法のステッキを授かり、より多くのステッキを使った者のみが大厄災を免れると書かれており、魔法を使うためには寿命を削らねばならず、矛盾したシステムに振り回されながら、サイト運営の管理人との血みどろの戦いを繰り返して真相にたどり着く作品。
さらに、ある魔法少女のソーシャルゲームは極稀にプレイヤーに魔法少女の力が与えられ、彼女たちは充実した日々を過ごすも、運営側から増えすぎた魔法少女を半分にするとの通達から、少女たちの生き残りをかけたサバイバルゲームがはじまる作品。
憧れの魔法少女になれた喜びと、こんなものに出会わなければよかったという悲しみに苛まれる魔法少女作品が増える昨今、それでも女の子が憧れる理由は唯一つ。
『誰かを守ろうとする純粋なる願い』からである。
さくやは自問する。
憧れの魔法少女となった今、自分はどうなのか。
どんな魔法少女になりたいのか?
階段を駆け上がりながら、自問し続けた。
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