第九話 現れた追跡者
「この世界には魔法はないのか?」
機械犬の疑問に、あったりまえじゃないの、とさくやは即答した。
「大昔はあったらしい。でもそれは、科学という言葉や考え方が生まれるまでの話で、不思議なことをする人は魔女とか錬金術師とか呼ばれていた時代があったらしいよ」
「では、神は存在していないのか?」
さくやは首を縦に振ろうとするも、ゆっくり首をひねった。
「んー、会ったことはない。いるのかどうかはわからないけど、世界を作ったのは神様だっていう考え方はあるよ」
「実に興味深い。聞かせてくれないか」
「わたしたちの国では、天や地、森や水もあらかじめ用意されていて、そこに八百万の神様たちが棲み着いている。目には見えないけれど、いろんなところにね。トイレやお米にもいるんだよ」
ほお、と機械犬は声を上げる。
「たくさんいるのか」
「うん。他の国だと、天地や人、獣鳥虫魚、草木に至るまでつくった唯一絶対神を信じてるところもある。イヌの世界はどうなの?」
「わたしたちの世界も、ゼオンという名の神が万物を創造したといわれている。そのゼオンが持っていたものが、星のダイス『もに☆もに』だ」
「あのサイコロって、神様の持ち物なの?」
機械犬は首を縦に振った。
「そうだ。ゼオンが天界に還られた後、彼の子供達が星のダイスを引き継いだ。その末裔が、サ・ルアーガ・タシア王国の王家の方々なのだ」
「その王女様が大主教ジャーク・ローヒーという悪いヤツに連れ去られたのね」
「昨日も話したが、大主教ジャーク・ローヒーに奪われるのを恐れて王女殿下から預かったのだ。まさか異世界に飛ばされるとは思ってもいなかったがな」
AIBO姿の機械犬を肩に乗せて登校するさくやを遠巻きに見ながら、あの子人形と話してる、と同じ学校に通う生徒たちが鼻で笑っていた。
さくやの通う学校は、中高一貫校。登校時間ともなれば、正門から校舎へ続く道は制服姿の生徒たちで溢れる。
以前はグラウンドで行われていた朝練も、今年から原則禁止となり、運動部の姿は見られない。
生徒手帳には堂々と『本校は、自学・自成・自立の校訓のもと、生徒の自由と自主性を重んじています』と書かれているが、実際のところ制服は学校指定の着用と決められている。黒髪の強要、細かな毛髪指導、ミリ単位の丈規制、下着の色指定、日焼け止めの禁止などなど、数え上げたらきりがない。
ゴスロリをこよなく愛するさくやは納得がいかず、堂々とゴスロリを着て毎日登校している。彼女にしてみれば、これこそが制服なのだ。
とはいえ、生徒指導担当の教師に粗探しや難癖を言われないために一応、制服をバッグの中に入れて登校していた。
「ねえねえ、アレが噂のロリィタってやつ?」
「指ささないの。クラスメイトなんだから」
昇降口前で、香織と若葉の間に割って入るように小柄な女子がやってきた。
さくやは見覚えがあった。
たしか、隣のクラスの子だ。
香織とは仲がいいらしく、休み時間などに話しているのを見かけたことがあった。
彼女に限らず、珍しがられるのはいまに始まったことではない。
ロリィタファッションには、甘ロリ、黒ロリ、ゴスロリ、エレガントロリータ、クラシカルロリータ、和ロリなど、多くの種類がある。
カワイイを追求したロリィタの中で黒を基調としている黒ロリとは異なり、暗黒性と退廃的といったゴシック趣味を内包したスタイルがゴスロリであり、ゴスロリの中でも白で統一されたものを白ゴスと呼ぶ。
その見分けを、一般人にできるはずがないことくらい、さくやも知っている。
もはや慣れているとはいえ、笑いまじりに指を刺されるのは良い気はしなかった。
「人を見た目で判断してはダメやって」
「軽蔑してるとかバカにしてるわけじゃないよ。かっこいいじゃん」
「かっこいい、ねえ」
香織が囁いて振り返る。
さくやと目があった。
「お、おはよう。さくやさん」
「おはよう」
「今日も黒なんだね。好きなの?」
さくやは小さくうなずいた。
「そ、そうなんだ」
さくやの目には、クラスメイトの香織はどこか落ち着きがないように見えた。
緊張しているようにもみえる。
何をそんなに狼狽えているのだろう。
まさか、彼女もゴスロリに興味があるのだろうか。
しっかり者の真面目な姿を周囲に見せなければ示しがつかない、と心のどこかで自分を縛っているのかもしれない。
それとも単に、わたしが嫌いとか?
答えの出ない邪推をしても益はない、と判断して何気なく視線を外そうと振り返ったとき、さくやは視界に変なものを見つけた。
正門の前で、編み笠を頭にかぶる侍の格好をした人物が立っていた。黒い羽織と袴、腰に刀を差し、足下はなぜか革靴を履いていた。
「ぢゃっぢゃ~ん、みつけたぜよ」
編み笠で顔を隠す侍の口角が上がる。
笑いながら刀の柄に手をかけた。
体制をやや前かがみに倒すと、駆け出した。
昇降口に向かう人並みをよけるでもなく、ただまっすぐ押しのけて、さくやに向かって突っ込んできた。
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