2 There is no friend as loyal as a book.

第八話  新しい朝

「あれって、若葉さんだったの?」


 朝の通学路で、明るい紺色の制服を着た二人の女子が歩きながら話していた。

 ブレザーとセーラ服から、高等部か中等部かがわかる。

 若葉と呼ばれた子は、照れながらうなずいている。


「通りかかって巻き込まれちゃった。香織もテレビみたんや。きれいに映ってた?」

「うん。目撃した女子高生って出てた。怪我は?」

「してないよ」


 若葉は歯を見せるように笑みを香織にみせた。

 そんな二人の後ろを、肩に機械犬を乗せたさくやは、黒いワンピースのゴスロリスタイルに日傘をさしながら歩いている。

 頭には大きな黒リボンの髪飾りをつけ、首に一輪の黒薔薇がついたチョーカーをつけている。セーラー式の白くて大きな襟とネクタイには黒十字架が刺繍され、スカートの裾には間隔をあけて白十字架の刺繍が施されていた。

 手の甲を覆う黒いメッシュ生地の手袋をはめている左手にはチュチュバッグ、右手には『魔法少女に変身される皆様へ、安全活躍BOOK』と書かれた説明書を持っていた。

 普段は、電化製品の取扱説明書すら読まないさくやだが、寝る前に目次をみていたら「魔法少女として活躍する前に読んでね」という一文を見つけてからというもの、いまも読み続けている。


「思ったより、魔法の柔軟性がないのね」

「魔法使いなのだから、そういうものではないか」

「そうやなくて」

「だったら、なんだ?」


 機械犬がさくやの開いているページをのぞき込む。


「ここにね、『まずはじめに、火、水、風、土、雷の属性における攻撃魔法から一つ選んで使用できます』と書いてあるでしょ」


 さくやはその文章を指さす。


「それがどうした?」

「そのあとに、『次回からは最初に選んだ属性の魔法のみ使用可能となるので、どの魔法を使っていくのかよく選んで決めましょう』なんて書いてあるの。昨日、雷を使ったから、雷以外の魔法は使えないってことでしょ。もっといろんな魔法が使えると思ってたのにイメージが違った~」


 さくやは舌打ちし、首をひねって息を吐いた。

 おまけに気になるのは、魔法の説明のところだ。


『魔法少女の魔法は、もに力を使用しております。この力は星の子達の力です。夢見る星の子達から力を少し分けてもらうことで、使うことができます。昼間は星の子達の力が集まりにくいので、大きな魔法は使用しないでください。夜間の連続魔法使用も星の子達に負担がかかりますので控えるようにしてください。定期的に星の子達の力を貯めておかないと、使いたい時に使えなくなりますので無計画の乱用には充分気をつけてください』


「ますますもって不便ね」

「魔法の基本は星の子達の力というのは基本だぞ。そんなことも知らないのか?」

「知るわけないやん。星の子ってなんなん?」


 不平を言って、さくやは唇をへの字に曲げた。


「流れ星に願いをかけたことはないか?」

「……あるけど」

「では、流れ星はどこから来るのかは知っているか?」

「太陽系に浮遊している宇宙塵だから、宇宙空間。たまたま地球に近づいて大気中に突入、大気摩擦で高熱を発して燃尽きる現象だから」


 ちがーうっ、機械犬は叫んぶや、拳を固め内側にひねりながら、振りは小さくシャープに気合のこもった右ストレートをペチッと放った。


「ちょっと、ほっぺをつつかないでよ」

 

 ぐいぐいと頬を押す機会犬の前脚を、さくやは払いのける。

 肩から落ちかけるも、慌ててしがみついた。


「流れ星はゴミではない。天と地と万物の想像を司る神々が、下界を眺める際に天界の門を開けるとき、天の光が流れ落ちる。それこそが星の子達なのだ」

「へえ、天界の光が星の子達なのね。それってなんなん?」

「溢れんばかりの神々の力、といわれている。わかったか?」

「なんだか思いっきりファンタジーね、神様がマジでいるなんて」


 さくやは腕を組み、『魔法少女に変身される皆様へ、安全活躍BOOK』をめくっては閉じ、開いてはうちわのように扇いで息を吐く。

 八百万の神々の一つとして、そういうのもあってもいいかもしれないが、神なんて本当に存在するのだろうか。

 神というものは人間の精神、脳が生み出した発明であり、妄想だ。

 哲学の世界では、神は死んだことになっているし、科学者の間でも神はいないと思われている。それでも戦争やテロのほとんどが宗教絡み。異教徒をゆるさない一神教は、実に恐ろしい。

 宗教の悪しき一面を生み出す原因として、理解しないまま満足するのが美徳と教えられる点がある。

「科学や論理では説明できない、故に神はいる!」とその場しのぎの強弁をするけれども、なぜ彼らは神以外の存在に想像が及ばないのだろうか。

 とはいえ、星の子達の力によって、さくやは魔法少女に変身したのだ。

 星の子達の存在、機械犬が教えてくれた話を鵜呑みにするしかないのだろうか。

 

「つまりは、そういうことだ」

「そういうことって、神様ってマジでいるの?」


 さくやは問いつめるも、機械犬は肩の上で押し黙ってしまった。

 見た目は可愛いらしいAIBOでも、中身は戦士。専門外には疎いのだろう。

 

「そういうことにしといてあげる」


 さくやは、胸を張って背伸びしてから、息を吐いた。

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