第六話 一撃必殺
高島屋とコトクロス阪急河原町ビルが向かい合う、京都四条の交差点に異変が起きていた。
管の腐食によるガス管の爆発か局地的な地盤陥没が原因なのか、それとも他の原因かはわからない。道路がすり鉢状にえぐれ、事故に巻き込まれた数台の車両から黒煙が上がっている。
歩道には野次馬のごとく人が集まり、負傷者の悲鳴と助ける人たちの叫びが混ざって騒然としていた。
白いフリルのついたアンブレラにしがみつきながら魔法少女に変身したさくやは、その様子を上空よりじっと観ている。
「ねえ、あそこに誰かいる!」
魔法少女に変身したさくやは指をさす。
「どこだ」
さくやの肩にしがみついているAIBO姿の機械犬が身を乗り出す。
煙のおかげで視界が悪い中、クレーターの真ん中付近に人影が二つ見えた。
目を凝らしてみれば、一人は編み笠を頭にかぶり、托鉢姿をしている。もう一人は羽織袴で革靴を履いていた。
あやしい、と機械犬が呟く。
「まあ、そやね。けど、あんな格好、京都ならお寺や映画村に行けば普通に見かけるし……事故に巻き込まれた人かな」
魔法少女としての初仕事は、人命救助になるかもしれない。
さくやは早速、降下を試みる。
「待て!」
機械犬が吠えた。
「ど、どうしたの?」
「冷静になれ! この爆発の中、なぜあの二人が中心地に立っていると思う?」
「だから、巻き込まれた人……」
「ならばなぜ、あの場所から動こうとしない」
言われて、確かにとうなずく。
助けを求める仕草をしても良さそうなのに、二人とも立ってまま動く気配すらなかった。
「それにあの姿には見覚えがある」
「イヌの知り合い?」
「知り合いだが、送り込まれてきたのなら……奴らは敵だ」
「敵?」
つまり機械犬を追ってきた、異世界人ということになる。
服装はともかく、そのへんを歩いている人と大した違いはないようにみえる。
ということは、機械犬のいた異世界の住人は、AIBOの姿をしているわけではないらしい。
「どうする?」
「不意をつく。奴らめがけて魔法をぶっ放せ!」
「それはかまわないけど、どうしたら魔法が使えるの?」
「どこかに説明書があるはず」
何をわけのわからないことをいってるのか、と思いながらポケットに手を入れる。
なにかが入っているのに気づいて取り出すと、出てきた。
メモ帳サイズの薄い本だった。
表紙にはご丁寧に『魔法少女に変身される皆様へ、安全活躍BOOK』と読める字で書かれてあった。
表紙を開くと、『はじめに』という書き出して、本書の目的が書かれてあった。
『これからの魔法少女は、世界にもやさしい魔法を心がけることが大切です。本書は、最近改定された魔法使用法等や安全に魔法を使うための心構えなどをイラストをそろえてわかりやすく解説しています。皆さんがもう一度、魔法少女として安全な魔法とは何かを考え、実践していただけたら幸いです。魔法少女一人ひとりが魔法ルールを守り、周囲に気を配る安全な使用を心がけることで、事故のない明るい魔法世界をつくっていきましょう』
次のページの目次に書かれた『第二章、魔法の活用方法と使用時の注意事項』の項目に『呪文』の記述を見つけると、いそいでページをめくった。
使える魔法呪文と説明が、イラスト付きでわかりやすく書かれてある。
「どれを使えばいい?」
「どれでもいいから強力なのを奴らにぶつけろ! 気づかれる前に急げっ」
「先手必勝、一撃必殺ね」
ページの一番下に書かれてあった、強そうな魔法を試してみることにした。
使用時には「カッコいい技名を決めて高らかに叫ぶ」という一文が目に入る。
空中で額に手を当てながら、魔法少女のさくやは黙り込む。
日本の漫画やアニメ、特撮などのフィクション作品では当たり前のように定着している様式美――技名叫喚。
音声認証を採用している巨大ロボや、集団ヒーローのメンバー間の連携を取りやすくするための号令として用いられる場合も多く、魔法少女においても、技名を言わなければ魔法が発動しない場合も少なくない。
「なにをしている、早く魔法を放つのだっ」
「わかってるけど、技名を考えないと」
深い溜め息をこぼし、右手に作ったピースサインを天に突き上げる。
どうせ叫ぶのなら、カッコいいと感じるものでなければならない。
いい加減でふざけた技名にしてしまうと、技を繰り出すたびに「あのときもっと真剣に考えて決めるべきだった」と後悔しつづけてしまう。かといって、凝りすぎるのもよろしくない。技名を叫ぶとき、周りにいる人達も聞いているからだ。
中二病全開な技名だと、はずかしい黒歴史として、大人になったあとでも精神的ダメージに苦しめられるかもしれない。
言いやすくてわかりやすい、差し支えなさそうな技名を考えなくてはならいのだ。
晴れ渡っていた空に突如として雲が立ち込め、辺りが薄暗くなっていく。
どこか遠くで雷音が聞こえだすと、魔法少女に変身したさくやめがけて雷が落ちてきた。全身に駆け巡る凄まじい雷がピースサインに集約されると、クレータ内に立つ二人へ突き出し叫ぶ。
「一撃必殺、ホワイトライトニングシュート!」
指先から巨大な雷撃が炸裂した。
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