第五話 憧れの魔法少女

 さくやは素早く立ち上がると肩幅に足を開いて軽く腰を落とし、左手を固く握って腰近くに引きながら構える。


「魔法少女に変身~」


 叫び声を上げながら右の掌を天井へと突き上げた。


 ……十秒……二十秒……三十秒……、


 男子が憧れる仮面ライダーやスーパー戦隊なら、とっくに変身していてもおかしくない時間が過ぎた。


 ……五十秒……六十秒……七十秒……。


 夢見る女子が大好きなプリキュアなら、制約と誓約の名のもとに髪が伸びて色が変わり、キャバ嬢みたいにポニーテール、ツインテール、三編みアレンジ、ハーフツイン、サイドアップなどなど髪を巻き下ろして、ナチュラルなのにしっかりとアイメイクを施し、コンシーラーできれいに整え、唇の端までリップやグリスを塗り、フリフルでフワフワな可愛い衣装に身を包んで変身してもおかしくない時間が過ぎていった。


「ちょっと、何も起きないんですけど?」


 上げ疲れた右肩をまわしながら、さくやは機械犬に詰め寄った。


「呪文が必要なのだ」

「先に言えよ。で、なんて言うの?」

「語尾に『もに☆』をつければいい」

「なるほど。その二文字に魔法詠唱が集約されているわけね。長ったらしい詠唱なんて、実戦向きじゃないと思ってたんだよ」


 さくやはスタンドミラーの前に移動して、先ほどと同じように仁王立ちして、握りしめた左手を腰近くに引きながら構える。


「魔法少女に変身もに☆」


 かけ声を上げながら右の掌を天井へと突き上げた。

 全身がまばゆい光に包まれる。

 着ていたマリーローズ柄の黒のワンピースやオーバーニーソックスと長手袋が一瞬にして消えた。

 白いレースのスリップ姿になると、かかと辺りにリボンで結わえる光沢のおびたヒールパンプスとフリルレース付きのニーハイソックスに両脚が包まれていく。

 続いて両手が、肌が透けるほど生地が薄く上品に華やいだ白いレースのアームカバーに覆われ、純白のノースリーブ燕尾ワンピースを纏っていった。

 鏡に映るさくやの顔が、卵のようなスッキリとした顔立ちになり、艶のある白い肌へとメイクされていく。

 上まぶたにブラウンのアイシャドウが入り、下まぶたの涙袋にもおなじアイシャドウが入り立体感が出ていく。黒のアイライナーが目尻の外側まで引かれていった目には、愛らしい子鹿みたいな長い睫毛になっていった。

 少し濃い目で柔らかいブラウンで眉毛が引かれ、吸い込まれるような魅力ある瞳に変貌。鼻筋が通っている。ぷっくりとしていて張りと弾力がある頬にほんのりピンクのチークが入る。

 鼻と口の距離は短く、ぷりっとした唇にチークと同じピンクのリップが入った。

 笑顔がこぼれると、歯並びが良くて清潔な白い歯になっていく。

 一気に髪が伸びた瞬間、根本から銀髪に色が変わった。

 右と左に分けられた長い髪が、それぞれに大きく練れていく。耳の上辺りでまとめられたツインテイルの毛先がくるくると縦巻きに巻かれていった。 

 頭には小ぶりな白薔薇のヘッドドレスが飾られ、最後に頬にほんのり赤くチークが入る。

 まばゆい光が消えたとき、白いアンブレラを片手に、純白のロリィタ服に身を包んだ魔法少女が立っていた。


「こ、これがわたし? メッチャきれいやん」


 さくやは、スタンドミラーの前でくるりと一回転回ってみる。


「黒が白になったとはいえ、ゴスロリとロリィタは違うんやけど……退廃的に十字架アクセでもして白ゴスにしてみようかな。ほんまに魔法少女になってる?」


 チラリ、と機械犬に目を向ける。


「願いは確実に叶えられたはずだぞ」

「まあ、魔法が使えるならいいけど……」

 

 さくやは鏡の前に置いてあるジュエリーボックスから、薔薇十字のネックレスを探し出し、首に下げた。


「あとは名前を決めないとね。ゴスホワイトだと可愛くないし、ホワイトローズもイマイチ。わたしの名前入れると直ぐにバレてまうし……」

「バレるのはまずいのか?」

「正義の味方っていうのは、正体を明かさないところがカッコいいの」


 魔法少女らしいカッコいい名前を決めかねていたとき、地響きとともに何かが爆発したような音が遠くで聞こえた。


「事故かな? 街の方で何かあった?」

「もしかして追っ手かも」


 機械犬は絨毯に転がっている星のダイス、もに☆もにを口にくわえて飲み込んだ。


「追っ手? そのサイコロを奪いに来たってこと?」

「可能性はある。わたしをこの世界に転移させた連中だ。奪いに来ることもできるはずだ」


 機械犬とさくやの目が合う。


「おいで、イヌ」

「イヌいうな。これでもわたしは戦士だぞ」


 機械犬はさくやの左肩に飛び乗った。


「しっかりつかまってなさい」


 さくやは窓を開けると、勢いつけて外へと飛び出した。

 見下ろせば、京都タワーが下に見える。

 ありえないほどの跳躍力に思わず、飛びすぎーっと叫んでいた。


「自分でどう動きたいのかイメージするんだ」

「イメージって、こうかな」


 手に持つアンブレラをパッと開くと、落下せず飛行し始めた。


「まじで飛んでる。メアリーポピンズみたいやん」

「なんだそれは? そいつも魔法少女か?」

「まあ、遠い親戚みたいなもんね」


 さくやと機械犬は、煙の上がる京都四条方面へと向かった。

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