第四話 助けたお礼

「……そして目覚めたとき、わたしはこの妙ちくりんな犬のような姿になっていて、あの狭苦しい場所に閉じ込められていたのだ」


 AIBO姿の機械犬が、可愛い前脚をばたつかせた。


「わたしにはやらねばならぬことがある。一刻も早く戻り、王女殿下をお救いしなくてはならないのだ」

「機械犬……っぷ」


 さくやは我慢できず吹き出し、高らかに笑い転げた。


「あはははははは、機械犬だって。AIBOと変わらないやん」


 機械犬は黙ったままベッドを降り、ドアの方へと歩いていく。


「どこ行くの?」


 腹がよじれるかと思ったさくやは、こぼれ出た涙をぬぐう。

 機械犬は「帰るのだ」と言ってドアの前で立ち止まる。背伸びをして、ドアノブを触ろうと前脚を伸ばす。

 そんなことをしても届くわけがないのに必死に前脚を振る姿をみて、さくやはまた笑い転げた。


「あー、おかしい。で、戻る方法はあるの?」

「これから探す」

「そう。行くのは勝手だけど、助けたお礼がまだだけど」


 さくやの言葉に動きが止まる機械犬。


「戦士だか英雄だかしんないけど、そういう人は礼儀を忘れちゃいけないよね」


 機械犬は振り返り、ちょこんと座った。


「確かに。助けてもらって感謝する。そういえば、まだ名前を聞いていなかった。名を教えてはもらえぬか?」

「わたしは夢野さくや。ゴスロリをこよなく愛する十四歳、中二」


 さくやは「二」と言葉にするタイミングで、右手で敬礼する感じに動かしながら右目の横でピースした。


「助けたお礼はする。ついでと言ってはなんだが、元の世界に戻る手伝いをしてくれないだろうか」

「いいよ、わたしにできることがあったらね」


 さくやは機械犬の前脚を軽くつまんで握手した。


「先程の奇妙なしぐさといい、これも、この世界の挨拶なのか」

「さっきのは気の合う友達とだけするかな。握手は一般的な挨拶ね」

「なるほど。夢野さくや殿、助けていただき感謝する」


 文字通り、機械犬はひれ伏した。

 さくやには、AIBOが伏せをしたようにしかみえない。


「お礼に願いを叶えてあげよう」

「まじ? やったー。言ってみるもんやね。ちなみに、将来の夢は魔法少女になること。だからお願い、わたしを魔法少女にして」


 正座して手を合わせたさくやは、機械犬の前で頭を下げた。


「魔法少女、というのは魔法使いのことか?」

「似てるけど、少し違う」


 そう答えてさくやは、陳列棚から魔法少女のフィギュアを手にすると、機械犬の前に次々と並べ置いていく。


「平凡な少女の前に突如として現れた、変身する力を与えてくれるマスコット的な妖精によって、世界征服を目論む悪の組織と戦う正義のヒロインのことです。みんな、可愛いコスチュームを着て戦ってる。でもまあ、世界平和のために戦うのは大げさだし、そこまで欲張りやないから、とりあえずご近所の平和を守るくらいの魔法少女でいいからなりたいの」


 機械犬は悩んでいるのか、電池が切れて動かなくなったのか区別がつかなかったが、しばらくじっとしたまま動かなかった。


「まさか壊れたとか」


 そっと手を伸ばそうとしたとき突然、機械犬の口が開いた。

 中から、光り輝く金色のサイコロが出てきた。


「なにこれ?」


 さくやは、ひょいっと片手でつまみ上げる。

 百円で売ってそうなサイコロとよく似ていた。


「こら、ぞんざいに扱うな! それこそが神秘の宝玉、星のダイス、『もに☆もに』である」

「ただのサイコロやん」


 さくやはつまみながら覗き込む。各面には星印で一から六の数がついていた。


「ちなみに『もに☆もに』の間の☆って、どう発音するの?」

「単なる飾りだから気にしないように」

「機械犬って、本当は未来の世界から来たんじゃない? 青狸とか呼ばれる猫型ロボットが知り合いにいるとか」

「そんなのいない」

「わかった。で、これはどう使うの?」


 機械犬の説明によれば、「もに☆もに」には願い事を叶える星の子達の力が凝縮されているという。

 ダイスを振り、出た目の数だけ願い事を叶えることができる。ただし、生物の生き死にを願うことだけはできないらしい。ほかにも制約があるかもしれないが、詳しいことは機械犬もわからないという。


「これは本来、王家の方々だけに使用が許されている物なのだが、今回は特別に使わせてやる。使えるかどうかはわからんが、さっさと振るがよい。そしてその力をつかって、わたしが元の世界に戻るための協力をしてほしい」

「わたしに頼むより、このサイコロを振って、元の世界に戻してくれって願えば良いんじゃないの?」


 機械犬は首を横に振った。


「預かっただけで、わたしには使えないのだ」

「ふうん。機械犬が悪用するかもしれないって心配した王女様が、魔法をかけたのね」

「そうではないのだが……そうかもしれないな」

「どっちだよ」

「お礼ついでにすまないが、元の世界に帰るために協力してほしい」

「うん、わかったわかった。わたしの願いが叶えた後でなら」


 さくやはあっさり承諾すると、思い切って振った。

 絨毯の上に転がり、二の目が出た。


「出目が『2』ってことは、二つ願いが叶うのね。魔法少女になりたい、お願いしまーす」


 さくやは素早く立ち上がると肩幅に足を開いて軽く腰を落とし、左手を固く握って腰近くに引きながら構える。

 そのとき、さくやの体がぽわ~っと光った気がした。


「さっそくなってみるね。魔法少女に変身~」

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