第三話 出逢いと呪い

 全速力で帰宅した勢いのまま自室に駆け込むと、さくやは急いでドアに鍵をかけた。

 黄色い電気ネズミや耳のない青狸、エクソシストのごとく首を捻ったピンクキャットのぬいぐるみはもちろん、陳列棚にはアニメやゲームに登場するキャラクターのフィギュアやドールが所狭しと並んでいる。とくに魔法少女系の人形は多く、壁や天井には等身大ポスターが整然と張られていた。

 チュチュバッグを無造作にひっくり返すも、AIBOはしがみついてなかなか出てこない。

 無理に引っ張って出そうとすると、バッグが引き裂けそうな気がしてできなかった。

 仕方なく、バッグごと絨毯に投げ捨てた。


「うぎゃっ」


 チュチュバッグから、AIBOがごろんと出てきて絨毯に転がった。


「こら、乱暴に扱うな! 痛いではないか」


 ひょこっと身を起こすAIBOが、二本足で立ち上がって、前脚を可愛く振りながら喚き出す。

 さくやは怯えることなく、むんずと掴み、ひっくり返して背中やお腹のあちこちを探りながら見ていく。


「あれ? おかしいなぁ……スイッチがみあたらない」

「や、やめぬか……く、く、くすぐったい」


 仰向けになって悶えるAIBO。

 手を離すと動きが止まる。手のひらで顎の下を撫でると、トローンとした目になっていく。耳の付け根をもみほぐし、首の後ろをさすり、尻尾の付け根をつまんで

揉んであげると、もっとしてとおしりを突き出してくる。

 おでこや眉間のあたりを撫でながら、うっとりとした表情のAIBOをさくやは見て気がついた。


「そうか、わかった」


 さくやは、ぽんと手を叩く。


「ついにわたし、人形としゃべれるようになったんだ。親の英才教育のもと、幼い頃より人形に囲まれ、いつかは人形とお友達になれる日が来ると思ってたんだよね」


 ……と、口に出してはみたものの、さくやは腕を組んで首をひねる。

 何かがおかしい。

 幼い頃は人形と戯れながら純粋に信じていた。

 いつかはそんな日が来るに違いない、と。

 でも、大きくなった今のさくやは、そんなことはありえないと思えるまでに成長していた。

 夢想よりも現実。

 愛よりお金である。


「それは違うと思うぞ」


 AIBOの言葉が、素直にさくやの耳に入る。


「だよね。やっぱり違うか……そっか。最近のAIBOはAIが組み込まれて、言葉も話せるようになったんだ。技術の進歩は目覚ましいね。そのうち背中にドローンもくっついて空も飛ぶに違いない」

「いや、それも違う」

「……反抗的ね、おまえ」


 じろっとさくやはAIBOを睨んだ。


「おまえではない」


 AIBOは、ぴょ~んと黒いレースの天蓋付きベッドの掛け布団の上に軽々と飛び乗った。


「わたしの名は、ユカ・ベアー・プリンセス。またの名を烈火の戦士、機械犬。剣と科学と魔法の世界サ・ルアーガ・タシア王国の平和を、悪の権化である憎きジャーク・ローヒーから守るために戦ってきた誇り高き戦士だ!」


 高らかに、ひょこっと前足を可愛くあげるAIBO。


「う、嘘くせぇ~~~~~~」

「嘘ではない!」

「そんな格好で言われて、はいそうですかって誰が信じるか」


 声を張り上げたさくやは、額に手を当て顔を上げた。


「わたしは人形相手になにをムキになってるのやら。どうせロボットなんて、プログラミングされてることを喋ってるだけなのに……」

「プログラミング? なんだそれは」

「コンピュータにさせる処理を、順番に書き出したもののこと。歩いたことのない人に歩けと言っただけでは歩けない。『右足をあげて下ろしてから左足を上げて下ろすをくり返して』と、一つ一つの動きを順番に説明する必要があるの。これをコンピュータ相手に行うことを『プログラム』っていう……」


 説明終えて、さくやは深く息を吐いた。


「あー、もう! 人形相手にわたしは、なにを喋ってるんだか」

「わたしは人形ではない」

「そうね、AIBOだもんね」

「この姿は、本当のわたしではない。呪いがかけられているのだ」

「呪い?」


 思わず、ふっと鼻で笑ってしまった。

 科学が発展した現代で呪いなんてあり得ない。と一瞬思ってしまうが、現代社会は「呪い」の言葉に溢れ返っている。テレビや新聞、インターネットを使ってマスコミが過激で感情むき出しな攻撃的言葉をくり返し、節度なく吐き散らしている。

 匿名希望によるSNSに書き込まれた「死ね」の言葉に精神を壊されて自殺する人もいる。

 これを呪殺と呼ばずして、なんと呼ぶのだろう。


「呪い、ね。菅原道真公や崇徳天皇、参早良親王の怨念なんてものも京都にはあるし、珍しくもない。……そう、呪いか」


 さくやの好奇心に火がついた。


「悪い魔法使いに呪いをかけられたの? 本当は王子様とかって言うんじゃないでしょうね? まさかキスしないと戻らない呪いがかけられてるんじゃないよね」


 マジでキモいんだけど、と引き気味になるさくやに対して、機械犬は意味がわからないと首を傾げる。


「わたしは女だ。犬ではない。ちなみに王子でも王女でもない。戦士だとさっきから言っておろうが」


 AIBO、もとい機械犬は彼女の身に起きた出来事を語り出した。

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