第二話 黒薔薇の乙女
世界遺産が点在し、観光客がレンタル着物に袖を通して古い町並みを闊歩する街――京都。
雅な和装よりもラフな出で立ちの観光客と地元住民が行き交う中、明らかに周囲と異なる格好をした少女が、黒い日傘をさして鴨川にかかる五条大橋を渡っていた。
右手には薄くやわらかなレース生地のフリルがふんだんに飾られた黒のアンブレラを握り、左手には、うさぎ柄の黒のチュチュバッグを何気なく手にしている。
マリーローズ柄の黒のワンピースは爽やかで、頭にはフェルト生地の黒いミニハットをかぶっていた。
肌が透けるほど薄い生地は、細長い手足にぴったり張り付くことで、より一層の魅力を引き出している。黒レースのオーバーニーソックスと黒メッシュのアームカバーにも、ワンピースと同様のマリーローズ柄が用いられていた。
足元には、大きなリボンのついたヒールの低い黒のバレリーナシューズを履いて歩いている。
「アラ、さくやちゃん。またお人形さんの格好で日に焼けはって、まっ黒になっとるけど学校は終わりはったの?」
通りかかったご近所のおばさんに声をかけられる。
さくやは黙ってうなずいて、ゆっくり橋を渡りながら、しゃあないとつぶやいた。
あのおばさんに限ったことではないが、世界は楽しいもので満ち溢れているというのに、「熱中できるものがない」という人間は少なからず存在している。
さくやにはそれが不思議でならなかった。
ほとんどの子供が学校へ行き、成績が良ければ褒められて評価が上がり、まわりから「できる子」と認められ、受験のための競争に巻き込まれていく。
良いところに就職できれば周囲から評価され、業績を上げて昇進できれば社会的にも認められる。
でも、いくら頑張ってもやがて限界を知る。
周りと比べて、自分がどの位置にいるのか見当がつくようになる。
出世街道をひた走っているならともかく、外れたなら、周囲からの社会的評価を得る為に生きて来た人達は生きる目的や楽しみを失ってしまうだろう。
出世コースにいても、いずれ定年がくる。都合により退職して肩書をなくしたら、無趣味でやりたいことも取り柄もない人間は、抜け殻になるしかないのだ。
熱中できるものがない人達は、生きる楽しみや目的を自身で見つけるのではなく、社会や生活環境に依存していく。
政治家や公務員、ボランティア活動に励み、周囲の人達に褒められるために頑張ることを生きがいにするならまだいい。
多くの抜け殻達は、愚かで過ちばかりくり返す自分自身を棚に上げ、ネットを介して見ず知らずの人に誹謗中傷をくり返すことを趣味にするだろう。
プライベートな場でも、「人の悪口を言ってはいけません」と教育されてきたはずなのに。
そんな抜け殻みたいな大人になる気はさらさらないさくやは、堂々と学校帰りにゲームセンターに立ち寄る。
最近、いくつかある趣味の一つに「ゲーセンめぐり」を加えたのだ。
フロアーを見て歩いていると、年期の入ったUFOキャッチャーが目に止まる。
「わぁー、AIBOやん。まじっ? AIBOのキャッチャーがある!」
猫のぬいぐるみに混じって、一つだけ、犬と子熊をあわせたような白くてまるっこいAIBO『ERS-310』が顔を覗かせていた。
二〇〇一年九月、ソニーが開発したAIBOは、全身に十五個のモーターを使用し、四本の脚と頭で愛くるしい動きをするだけでなく、頭部や脚部肉球、尻尾に装備されたスイッチへの刺激、内蔵マイクやカメラにより認識する音声や画像に反応し、頭部の角状のランプの点滅と音の発信、動作により喜びや悲しみ、怒りなどの感情を表現する自律型四足歩行ロボットである。
白と黒の二種類が発売され、白色のラッテは素直でおっとりな性格。
対して黒色のマカロンは陽気でやんちゃな性格に作られていた。
「こいつは白だからラッテ。でもさすがに本物と違うはず……たぶん、ぬいぐるみやね」
じっと見ていると、どうかここから出してください、とつぶらな瞳で訴えているように見えた。
UFOキャッチャーが得意なさくやはこれまで、人形やお菓子だけでなく、毛蟹や伊勢海老のキャッチャーも制覇していた。
「手前の猫のぬいぐるみを先に取るか、隙間を縫って引っ掛けるか……キャッチャーのアームが、AIBOの重さにどこまで耐えられるかが勝負やね」
コインを入れてさっそくトライする。
ガラスに顔を近づけてアームの動きを注意深く確認しながらボタンを押す。
アームにAIBOが引っかかる。持ち上げて移動していく。けど挟む力が弱かった。ずるりとAIBOが滑り落ちる、と思いきやなんと、AIBO自身アームにしがみついたのだ。
何が起きたかわからぬまま、取り出し口からAIBOが出てきた。
「……ま、まあ、結果オーライ、ってことで」
何事もなかったような顔で、手に持つと、ずっしり重い。
本当にぬいぐるみなのかと思いつつ、チュチュバックにAIBOを押し込もうとしたときだ。
「よくぞ救い出してくれた、礼を言うぞ」
声がした。
さくやは辺りを見渡す。
が、誰も居ない。
変だなと思いながらバッグに入れて店を出る。
「いやー、まったく気がついたらあんな狭苦しいところに押し込められてしまって、身動きもできなかったんだけど。貴公のおかげで助かった」
声は身近から聞こえた。
もしやと思ってバッグを開けると、中でAIBOが手を振っている。
「あ、ありえな~~~~~~~~~~い」
大声あげるさくやは、バッグを抱えながら通りを駆け出し、一目散に帰宅した。
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