ホワイトエンジェルさくや

snowdrop

1 Every day is a new day.

第一話 戦士の回顧

「ぬははははははははーっ。犬よ、臆したか」


 星の欠片さえ見えない夜空が、真っ赤に焼けている。

 妙ちきりんな笑いが響き渡るも、立ち込める黒煙と炎ばかりで声の主の姿は見当たらない。倒れた仲間たちの血が、城内の石畳を赤く染めるばかりだった。

 王城が燃えている。空想と科学と魔法が混在するサ・ルアーガ・タシア王国二千年の歴史が、音を立てて崩れようとしていた。


「大主教ジャーク・ローヒーめ、本気で世界を滅ぼす気か!」


 腕の傷から血が垂れ、燃えるような赤い髪を振り乱して激痛に耐えるうら若き乙女の顔が苦悶にゆがむ。

 細い首に筋肉質な長い手足、ふくよかな胸を包む真紅の鎧を身に着けた彼女の肢体は、目に見えぬ呪術に動きを封じられ、抗えば脳内神経が悲鳴を上げる。

 いかに彼女といえど、抑鬱状態から脱するのは容易ではない。

 奥義を使えれば拘束呪術を打ち砕けるに違いない。だが、王女を囚われていては歯噛みする他なかった。

 彼女の名は、ユカ・ベアー・プリンセス。

 またの名を烈火の戦士、機械犬。

 数多の冒険に身をゆだねた女として、その名を『犬の千年紀史』に記されるほどの英雄だ。

 持ち前の正義感と好奇心とちょびっとの興味本位から、世界を混沌と破滅に陥れようとする淫祠邪教に完全と立ち向かい、幾度もの危機を脱し、陰謀を阻止してきた。

 だが、ついに敵の奸計が彼女を捕らえた。王女を連れ去って人質にし、禁忌たる古代の遺産を手にしようとしているのだ。

 そう、サ・ルアーガ・タシア王国最大の神秘。

 星のダイス、もに☆もに!


「見納めだな、王女よ」


 上空を覆い隠すように浮かぶ天空城イ・ナ・コス・アに設けられた展望室から、炎上するサ・ルアーガ・タシアの王城を眺めているのは、黒衣を纏った大主教ジャーク・ローヒー。ゼオニズムを提唱し、混沌と法の名の下に世界の王となろうと企む覇王である。


「こんなことで屈する機械犬さんではありません」


 自ら覇王を名乗るジャーク・ローヒーの隣に立つのは、手足を縛られながらも気丈に振る舞うカスミ・ヘミング王女。

 幼い容姿ながら磨きあげられた象牙のような肌に、輝くばかりの栗毛色の髪が肩に届いている。肩と背中を露出した細身の純白ドレスをまとい、スカートは必要以上に膨らんでいた。大きく開いた瞳に怯えはなく、強い意志を感じさせている。

 彼女が信ずるは、機械犬の勝利、ただ一つ。


「猊下、お時間です。もうすぐ星の子達による冥合がはじまります」


 ジャーク・ローヒーの傍に黒装束の邪神官が進み出て、深々と頭を下げる。

 そうか、と答えてすぐに下がらせる。

 その様子を目の当たりにした王女は、黒衣をまとったジャーク・ローヒーを睨んだ。


「なにをするつもりですか」


 王女の問いかけには答えず、燃え盛る王城を見下ろしながら笑い出す。


「くくく、ぬわははははははーっ。この世界の遥か彼方の裏側にまですっ飛ばしてやろう、機械犬よ。貴様をこの手で破壊するのは叶わぬが、もはや二度と会うことすらなかろう。魔法すら使えぬ異邦の世界で朽ち果てるがよい。この禁断の異世界転移魔法によってな!」

「な、なんだって!」


 立ち込める黒煙にむせび泣きながら、炎ばかりでろくに見えない。なのに、声だけはハッキリと機械犬の耳に届いていた。しかも、足下に禍々しい青白い光が集いはじめ、大きな円と、正三角形の図形が回転しながら浮かび上がる。二つの正三角形が交わり合いながら、二つの円と二つの正四角形、さらに大きな円とともに失われた古代文字の文言が描かれると、魔法陣が展開し始めた。

 だが、わずかな希望を機械犬は捨ててはいなかった。


「黙れ! 必ず戻る。貴様を倒すために」

「ほざくがいい。とどめに豪華特典を授けよう。歓ぶがいい。一生解けぬほどの呪い、半永久的な災いを。おまえの名にふさわしい哀れな犬の姿に変える呪いをくれてやる。余に復讐すらかなわぬ姿にしてやろう。さらば、最後の英雄よ」


 魔法陣から吹き出す光に呼応するかのように、立ち込める煙が大きく渦を巻いていく。人の形をしたような煙が漂い出すと、機械犬の両手足に絡みつき始めた。


「くっ、くそぉーっ」


 邪悪な精霊達が、機械犬の力を封じ、次元の陥穽を穿つ。


「ジャーク・ローヒーめ、いつか必ず戻る。このまま引き下がると思うなよ、このバーカ!」


 ありったけの声を絞り出した機械犬の、バーカ、バーカ、バーカ、という叫びが展望室に木霊した。

 凄まじい怒りが眉の辺りに這う。


「誰がバカやねん! バカいう方がバカなんやぞ」


 ジャーク・ローヒーは拳を突き上げ、あいつは直接殴らないと気がすまないと騒ぎ出す。もう無理ですって、と周囲にいた数人の黒装束の邪神官達になだめられる。


「機械犬さーんっ」


 あらん限りの声を上げて、王女が機械犬の名を叫ぶ。

 だが、無情にも王女の声は機械犬には届かない。


「必ず戻るぞ、必ず! 必ず戻って、ジャーク・ローヒーにハアハアいわせちゃる~」


 魔法陣が消滅すると一切の光が閉じ、何処ともしれぬ世界へと機械犬は投げ出されていった……。


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