第25話 始まりの始まり

「トトさん、ありがとうございます。当然ヤーシャ様も賛成くださいますね? まさかわたくしと寝食を共にするのがいやとは仰いませんよね?」

「まさか、もちろんいやなわけ……いや待て、落ち着け私、冷静になるんだ!」

 ヤーシャは一も二もなく頷きかけて、だが途中で我に返ったみたいに思いとどまる。セリアはふっと力なく目元を伏せた。


「ああ……セリアがお傍にいるのは、ヤーシャ様のお心にかなわないことなのですね。大変に残念です。身の程知らずのわたくしをお笑いください」

「違うっ、いや違くはないのだが、セリアのせいではなく、こちらの胸が苦しくなるというかだな……そ、それに一緒に住もうにも私には金がない、もとい、人族と関わりがないから、暮らしに困ることも多いだろうし、それは陛下も同じではないのか?」


「ご心配には及びませんわ。新生活に必要な資金はわたくしが全額貸し付け、んんっ、必要な準備は全てわたくしの方で行います。魔族の方の日常については存じませんが、ご要望にはなるべくお応えしたいと思います。いかがでしょう、サターニア様、何か特にご入り用の品などあれば、どうぞ仰ってみてくださいませ」


「え、なんだろ、えーと……」

 急に振られてもこれといって思い付かない。困ったサターニアはルナを見た。だがルナに思い付くわけもなく、少女達は意味もなく見つめ合う。セリアにはそれで十分だった。


「よく分りました。ルナ様さえいらっしゃればそれで良いとの仰せですね」

「サターニア、そうなの?」

「そんなこと言ってないだろ!」


「あら、ルナ様だけではご満足できませんか。では他にどのような女性をお連れすればよろしいでしょう。お好みの特徴をお教えくださいな」

「変なこと訊くなよ! 考えたこともないから!」


「するとサターニア様は……」

 セリアは思慮を巡らせるように間を取った。

「……女性ではなく、男性を侍らせたいのでしょうか」

 魔王少女が絶句する。顔が真っ赤だ。ルナが冷たく乾いた視線を注ぐ。


「なんていやらしい子。まさに色欲の魔王ね」

「ち、違うもん! おまえこそほんとは欲求不満なんじゃないか!? だから男って言葉にやたら反応してるんだ!」


「失礼ね。そんなわけないじゃない。わたしと結婚したいって男の人はいっぱいいるんだから。その気になればいつだって婚約できるわ。よりどりみどりよ。どう、サターニア? 羨ましい?」


「ううん、ちっとも。男好きの変態色女だってどん引きする」

 ルナは口端を吊り上げた。綺麗な半月形の笑みが作られる。

「……ふふっ、サターニアったら、面白いことを言うのね?」

 サターニアは寒気を覚えた。かつてない恐怖が真近に迫る。


「まあまあお二方とも、痴話喧嘩はその辺にしてくださいな。サターニア様、単刀直入にお尋ねしますね。ルナ様と一緒に暮らすのはおいやですか? ルナ様のお顔も見たくないとお思いですか?」


「んぐっ」

 瞬間、喉が詰まった。引っ掛かった言葉の行き場を探して瞳を揺らす。ルナがいる。嘘はつけない。

「やじゃない……たぶん、だけど」


「では万事解決です」

 セリアはぽんと両手を打ち鳴らした。実に満足げな表情だ。

「ヤーシャ様のご懸念は、わたくしが晴らさせていただきました。サターニア様はルナ様と暮らすことをお望みです。ルナ様も同じお気持ちですよね?」


「サターニアのことは放っておけない、それは確かね。わたしの立場上、毎日ずっと一緒ってわけにはいかないと思うけど、それでもいいなら」

 ルナが真剣なまなざしを向ける。サターニアはこっくりと頷いた。そんな一人と一魔の姿に、セリアはほうっと艶っぽい息をついた。


「素敵な毎日になりそうですね。今からとても楽しみですわ。それでは皆様方、改めてよろしくお願い致します。今後もどうぞご贔屓に」

 たおやかに頭を下げる。

「……くー」

 トトはルナの太股を枕にして本格的な昼寝に入った。


(第二章 「一緒に暮らそう」 了)

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魔王少女なのにデレるもんか! しかも・かくの @sikamo

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