第24話 見つめていたい
――放ってはおけないわ。
ルナは翠の瞳に強い決意をたたえた。魔王少女との間の距離をぐぐっと詰めて、薄桃色の瞳を真っ直ぐに覗き込む。
「サターニア、わたしもあなたの傍にいたい。あなたのことをもっとしっかりと見ていたいの」
「え……え? い、いきなりなに?」
突然高熱を発したみたいに、サターニアの肌が朱色に染まる。ルナは構わずさらに顔を近寄せた。
「あなたの力はとても大きい。大き過ぎるわ。だから万一にも暴走しないよう、監視する役割が必要になる。わたしが一番適任だわ」
率直になり、真心を込める。きっと自分の気持ちは伝わるはずと信じる。
けれどサターニアは口元をへし曲げた。ほとんどくっつきそうなほど間合いを詰めていたルナを押し離す。
「そんな役いらない。あたしは人族になんか手は出さない」
「保証がないわ。魔王のあなたがケイオスから出て来たことには、深い理由があるはずよ。それがはっきりしない限り、あなたは他の人達に信用されない。ねえ教えてサターニア、あなたはどうしてここにいるの?」
「それは……」
サターニアは言葉に詰まった。魔王務めがつまらないから家出した。以上。
「きっとものすごく重大なことなんでしょうね。人族と魔族、世界全体の行く末にも関わることに違いないわ。わたしではあまり助けになれないかもしれないけど、話を聞いて一緒に考えることならできるから」
ルナは再びサターニアに寄り添うと、両手を取って握り締めた。サターニアは振り払えない。
「い、いいってば。おまえには関係ないだろ!」
「そうかもしれないわね。あなたは魔族の頂点で、見た目だってとってもかわいい。きっとあなたからすれば、わたしは取るに足りない人間でしょう。だけどわたしにも守るべきものがあるから……わたしのことを嫌いでもいい。それでもあなたの傍にいることを認めてほしいの。お願いよ、サターニア」
「お、おまえ、なんかずるい……自分こそかわいいくせに」
下を向いてぼそぼそと呟く声は、小さ過ぎてルナの耳には届かない。ましてセリアに聞こえたはずはなかったが、王女と魔王へ向けられた瞳がその時キランと強く輝いた。
「皆さま、わたくしに一つ提案がございます」
おもむろに皆を見渡す。正念場だ。セリアは心の中の帳簿を開いた。
「理由は異なれど、ヤーシャ様もルナ様も共にサターニア様のお傍にいることをお望みになっている。そうですわね?」
「ええ。サターニアが悪いことをしないように見張らないといけないもの」
「その通りだ。近くにいれば不意打ちの機会も多くなるだろうからな」
「ですがサターニア様はお二方の考えを受け入れられない」
「当り前じゃんか」
「そこでご提案です。暫くの間、わたくし達みんなで一緒に暮らすのです」
「はい?」
「うん?」
「ほへ?」
揃って驚く三者へ、セリアは互いに利点があることだと説明する。
「親しく共に時を過ごすことで、お互いに対する理解と信頼が深まるのは言うまでもありません。例えばサターニア様は、ご自分が人族にとって脅威ではないとルナ様に分ってもらえるでしょうし、またヤーシャ様は、サターニア様の魔王としての真価を改めてお計りになることができます。距離を置き、壁を隔ててていては真の姿は見えません。秘められた部分まで親しく知り合うためには同棲、もとい同居するのが一番ですわ。もちろん必要な手配は全てわたくしの方で行います。どうぞ安んじてお任せくださいませ」
セリアは曇りなき善意の笑顔を浮かべた。こちらの皆様との縁は天下の大商いに繋がること請け合いです、千載一遇の好機は絶対に逃しませんわ、などという思惑は微塵も透けていない。
「うーん、ありかなしかで言えばありだとは思うけど……わたしには国の仕事もあるから。いきなりサターニアと一つ屋根の下っていうのはさすがに、ね?」
「正直、他者と共に暮らすなど想像もつかない。今まで母上以外に親しい相手などいなかったし……ではなく! 魔族とは本来孤高の存在だからな! 安易な馴れ合いなど経験がなくて当然なのだ!」
「うっさいな。いちいち怒鳴るな。気持ちは分らなくもないけど。ルナが毎日一緒にいるとか、心が持たなそうっていうか……」
「いい考え。そうする」
トトがいきなり身を起こし、びしっと親指を立てた。実に意外な筋からの助太刀だ。さすがにセリアも驚いたが、ここは流れに乗っかる。
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