第23話 どん引き

「ヤーシャ様、まずはお茶とケーキをお召し上がりになってくださいな。お腹が落ち着けば気持ちも穏やかになりますわ。もしご希望があれば、もっと本格的なお食事もご用意いたしましょう」


「そうよヤーシャ、ヤーシャ様、腹が減ってはなんとやらって言うじゃないですか。本当にもう一度戦うつもりなら、十分な栄養と休息を取ってからです。だから今日はもうおしまいってことにしましょう」


 しかしヤーシャは全く聞く耳持っていないようだった。手をきつく握り込むと、ちっとも魔王らしくない少女めがけて殴りかかる、かと思いきや。

 拳を床に付け、首を垂れる。


「魔王陛下、大変申し訳ありませんでした。マサラ城主の娘ヤーシャ、このけじめはきっちりとつけさせていただきます」

 口先だけではない。ヤーシャは明らかに強く覚悟を決めていた。だがサターニアにとってはただ面倒なだけだ。


「なんにもしないでいい。ルナも無事だったし」

「え、わたし?」

「人族! 人族に怪我がなくて良かったなってこと!」


「たとえ陛下がよかろうと関係ない。汚点に目を瞑りおめおめと生きていくなど、我が誇りが許さん」

 ヤーシャに揺らぐ様子はない。セリアは憂うように声を落とした。


「ヤーシャ様、もしや自決をお考えなのでしょうか?」

「まさかそんな、とは思うけど。わたしにも魔族の考え方や行動原理なんて予想がつかないわ。その辺どうなのよ、サターニア?」

「さあ?」

 人族と魔王が囁き交す。トトは次のケーキに狙いを定める。

 そしてヤーシャは跪いたままサターニアを見上げると、びしりと指を突きつけた。


「だから私が貴方を倒すっ!!」

 しんと周りが静まる中、ヤーシャは床を踏み抜く勢いで立ち上がり、魔王少女へ向かって吼え猛る。


「魔族にとっては力こそ正義! 全身全霊で戦いを挑み打ち破ること、それが強者に対する最大の敬意の証であり、己が志を貫く道である! しかし悔しいかな、今の私では貴方には届かない。そこでだ!」

 ヤーシャの顔に、むやみに圧の強い笑みが浮かぶ。サターニアは思わず首を竦めた。とても嫌な予感がしていた。


「貴方の傍近くに張り付いて弱点を探り出す。常日頃から隙を窺い不意を突く。勝利のためなら手段は問わぬ。強い者が勝つのではない、勝った者が強いのだ! そして真の強者となった私が新たな魔王となって、魔族の誇りとあるべき秩序を取り戻すっ!!」

 ヤーシャは拳を突き上げた。黒い瞳と角が熱を帯びてギラギラと輝いているかのようだ。


「えー……」

 サターニアはどん引きだった。誰か早くこいつをなんとかしてくれ、と切に願う。突っ込む気力さえ湧いてこない。


「ヤーシャ、気の毒に……サターニアに手も足も出なかったのが、よほど辛かったのね。でも大丈夫、きっといつか良くなるわ。わたしはそう信じてる」

 ルナはそっと目尻を拭った。


「手段は問わない、利益こそ全て……さすがはヤーシャ様ですわね。セリアは感服いたしました。座右の銘にさせていただきましょう」

 セリアはほほえみを浮かべて頷いた。


「ぼく、もうおなかいっぱい。ねむいからねる」

 トトはヤーシャの分のケーキを平らげた。こてんと横になってルナの太股に頭を乗せる。

 ヤーシャは周りのことなど見えないみたいに、噛みつきそうな顔で魔王に迫る。


「陛下、せいぜい覚悟しておくがいい。私はいつかきっと貴方に勝利する。その日までは尻尾にかじりついてでもついていく。貴方がどこへ行こうとな!」

「うぅ、あたしはどうすれば……」


 サターニアは迷子みたいに視線をさまよわせた。薄桃色の瞳がルナの翠の瞳と合って止まる。ルナは胸の奥がじわりと熱くなるのを感じた。きっと魔王が持つ不思議な力のせいだ。


「そうですね、では具体的な相談を致しましょうか」

 やはり肝となるのは魔王の動向である。セリアはまずサターニアに話を振った。

「初めに確認したいのですが、サターニア様はそもそもどういう理由でバルトレイクにいらしたのです? やはり代官府にご用事でしょうか。もしベン・シアン閣下の拝謁をお受けになるのでしたら、わたくしも随行させていただきますわね」


「別に、用なんかない。人族の街でここが一番おっきいらしいから来てみただけ」

「なるほど。ちなみにご宿所の方は?」

「まだ決めてないけど。角だけ目立たなくすれば、あたしはどこだって普通に泊まれるもん。お金だってちゃんとある」

 サターニアは意外と常識的だった。それだけにヤーシャの存在はうっとうしい。


「おまえがいると大騒ぎになる。一緒とか無理」

「人族ごときがどうしようと知ったことか。貴方を狙う邪魔をするなら蹴散らすまでだ」

 ヤーシャはかえって角を誇示するようにふんぞり返った。


「おまえな、いい加減にしないとまじでぶっ飛ばすぞ」

「くおっ!?」

 サターニアはわずかに氣を強めた。それだけでヤーシャはあえなく膝を折る。


 ルナは戦慄に似た感覚に襲われた。近くにいるだけで背中がびりびりする。途方もない力が秘められているのが分る。

 たとえ見た目がどれだけ愛らしかろうと、サターニアは真に魔王なのだ。人の世に大いなる災厄を招くこともできる。

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