第22話 涙目
「あたし悪くないもん。そいつが馬鹿みたいにキレたせいだし」
「だとしてもよ。もっと他のやり方があるでしょう。まずは言葉でなだめるとか。いきなり力ずくなんて乱暴よ。あなたは女の子なんだから、もっとお淑やかに振る舞いなさい」
「えー……おまえに言われたくないんだけど」
サターニアは公園で初めてルナに会った時のことを思い出した。サターニアに声を掛けてきた男を、ルナは一言の会話もなくぶっ飛ばしていた。
「失礼ね。もちろんわたしは常に一国の王女としてふさわしい言動を心掛けているわ」
ルナは澄まして言い返した。それからサターニアに怖い顔をしてみせる。
「ごまかそうとしてもだめだからね。まずはヤーシャに謝りなさい」
「謝らない。だってあたし悪くない」
「サターニア!」
「うぅー」
サターニアが涙目になる。ルナは思わず怯んだが、今後のためにも心を鬼にして叱りつけようとした。
「もぐもぐ……もしさっきマオーがやらなかったら、ヤーシャの暴発に巻き込まれてセリアはズタボロ、人のわりには頑丈なルナもよくて大怪我、悪ければ今の体は終わってた。マオーは二人を守ってえらい……ごっくん」
ヤーシャの分のケーキを取って食べるトト。ヤーシャを介抱しながらセリアが目を丸くする。
「まあ、そうだったのですね。サターニア様、ありがとうございます。この恩は必ず何かの形で返させていただきたきますわ」
いささかわざとらしい。だがルナはもうサターニアを怒れなかった。
セリアがどこまで本気にしたのかは定かでないが、ルナにはトトの言葉が正しいと直感できた。自分達が今無事でいるのは、薄桃色の角を生やした自称魔王少女のおかげなのだ。
「ごめんね、サターニア。わたしが間違ってたわ。それから助けてくれてありがとう。あなたはとっても優しい子なのね」
「別に。普通だし」
サターニアはすげなく横を向いた。だがその耳が赤くなっているのをしっかりとルナは見付けた。
「……セリア、離せ。私なら大丈夫だ」
ヤーシャは未だ立ち上がれないままだった。気を失ってもおかしくないほど顔色も悪い。セリアは自分を押し退けようとするヤーシャの手をそっと握った。
「ご無理なさる必要はありませんよ。やはり少し横になってはいかがでしょう。静かに休める部屋を用意させますし、もしご希望でしたら、わたくしが添い寝いたしますわ」
「そ、添い、やっ、本当になんでもないのだ! ただ体からあふれた陰氣を根こそぎ持っていかれただけだ。あれは攻撃でさえなかった……」
憔悴した風情で息を吐き出す。
ルナは改めて驚きに打たれた。それなりに常人離れした自分よりもヤーシャは強い。率直に言って桁が違う。ほんのわずか戦っただけでも、魔族が人の上位種族であると体で分らされてしまった。
だがサターニアはそんなヤーシャを歯牙にもかけず制圧したのだ。もはや疑う余地はない。
「サターニア、いえサターニア様は、本当に魔王陛下であらせられるのですね」
声が震えていないのが、我ながら不思議なほどだ。サターニアは横目でルナを睨んでくる。
「そうだよ。悪いかよ」
「まさか、滅相もございません。知らぬこととはいえ、まことにご無礼を致しました。お許しいただければ幸いです」
席を立って深々と腰を折る。サターニアは面白くなさそうだった。だが頭を低くしたルナの視界には入らない。
「ルナ、もういらないならぼくにちょーだい」
トトは流れるようにルナのケーキ皿を引き寄せた。誰より素早く反応したのはサターニアだ。
「おまえ、さすがにずうずうしいぞ!」
「マオーもいる? ルナが口つけたやつ」
「そ、そいつの食べかけなんかいらないし」
「じゃあぼくがもらう。あーん」
トトは手掴みしたケーキにかぶりついた。
「ん、ふぁひ?」
「なんでもない。あたしはこれっぽっちも欲しくない」
「んー?」
「いいのよトト、気にせずおあがりなさい」
ルナは再び席に着くと、隣に座る少女の白いふわふわ髪を撫でた。
「わたしの食べかけなんて、魔王様はお召し上がりにならないわ。当然よね。わたしなんかの食べかけですもの」
「だって……」
サターニアは下を向いて口の中でもごもごと呟いた。間接チューとか恥ずかしいもん、と聞こえた気がしたが、ルナに確かめる術はない。
「ふぅー。大変ごちそうさまでした。ただいまケーキのお代わりをお持ちさせますね」
ルナとサターニアのやり取りを温かく見守っていたセリアは、卓上の鈴に伸ばそうとした手を途中で止めた。目を瞠る。
ずっと片膝をついたままだったヤーシャが、今ようやく立ち上がっていた。自分の体重を支えかねた足がぷるぷると震えている。まるで生まれたての子鹿だ。セリアがひそかに心を和ませる中、ヤーシャは覚束ない足取りで魔王の前へと進み出た。顔つきは険しい。悲壮感さえ漂っていた。
「……まだやるの?」
サターニアがうんざりしている。セリアもさすがになだめに掛かった。
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