第21話 格の違い
「小娘、たいがいにしろよ。仮にも魔王を名乗るなど、我ら魔族に喧嘩を売っているのも同然だぞ。すぐに取り消して謝れ。痛い目に合いたくなければな」
「おまえこそ魔王の悪口言ってたくせに。そっちが先に謝れ」
ヤーシャの顔がひきつった。拳を握って立ち上がり、のっしのっしと部屋の端まで移動すると、サターニアへ向けて顎をしゃくる。
「来い。身の程を教えてやる」
さすがにこれはまずいかもしれない。ルナはヤーシャの迫力に冷や汗を垂らした。放っておいたらどんな惨劇に発展するか分らない。
「待ってヤーシャ様、冷静になりましょう! サターニアもお願いだからいい子にして! 悔しいけど、わたしじゃ本気のヤーシャには敵わないんだからね。最悪殺されるわよ?」
「殺すか! 少し懲らしめるだけだ!」
しかし言葉の内容とはうらはらに、ヤーシャの黒角の先端からバチバチと蒼白い火花が迸る。気のせいではなく部屋の温度が上昇していた。
「ヤーシャ様、あえてお止めはいたしませんけど、部屋にある調度や建物には被害が及ばないようにしてくださいましね」
もし損壊した場合は全額弁償していただきますので、とセリアは小声で付け加えた。だが興奮状態にある魔族の少女の耳には届くべくもない。
「別にいいけど」
サターニアは短く息をつくと、自らヤーシャの前へ赴いてひょいと頭を突き出した。
「ほら、やれよ」
予想外の潔さにヤーシャは思わず仰け反った。しかし拳を弛めはしない。わりとゆっくりめながらも、ぶれることなくサターニアの脳天へ振り落とす。
ぐがごんっ!!
凄まじい音がした。至近で落雷があったみたいな衝撃に部屋中がびりびり震え、ルナは危うくチビりかけた。
「サ……サターニア!?」
だが自分のことは今は後回しだ。考えなしの少女の身を助け出そうとして、直後に驚きに掴まれる。
サターニアは無事だった。特に怪我を負った様子もない。しかし頭の上で結われていた二つのお団子髪がほろほろとほどけてしまい、その下に隠されていた秘部が現れる。
ルナは息を呑んだ。ごつく黒光りするヤーシャのものとは全然違う。それでも先端がちんまり丸く、瞳と同じ薄桃色をした小さな二つの膨らみは、人なら決して持っていないはずだ。
「まあ、なんて愛らしい。大変よくお似合いですわ」
セリアが口元を綻ばせて感嘆する。ルナも全く同感だった。ただの髪飾りなどでは絶対ない。生まれた時からサターニアと共にあったのだ。
「角が、生えてる。サターニアは魔族。じゃあもしかして、本当に……?」
「分ったか。あたしが魔王だ」
薄桃色の瞳がヤーシャを見上げる。
だがヤーシャは答えを返さない。右手は痺れきっていて感覚がなかった。サターニアの頭に拳骨を落とした瞬間、逆に激烈な衝撃波にさらされ弾き飛ばされたのだ。まるで超高密度の純粋な陰氣の塊に触れたみたいだった。そんなものを身に纏える存在があるとしたら、この世にたった一つだけだ。
サターニアは微かに舌打ちすると、呆然とするヤーシャに背中を向けた。
「マオー、これちょうだい。ありがと」
「あ、こら、あたしまだちょっとしか食べてないのに!」
自分のケーキを食べ終えたトトが、早速隣の皿に手を伸ばす。サターニアが席に戻るより前に、隅が欠けただけのほぼ丸ごと一個を容赦なく掴み取って口に入れる。
「もぐもぐ、ごっくん。むり。もうない」
「……ふざけるなぁっ!」
突如暴風が巻き起こった。ヤーシャのせいだ。トトの頬をつまんで引っ張るサターニアを憤怒の形相で睨みつけ、床が割れそうなほどの陰氣を全身から噴き出させる。
ルナはたわいなく腰を抜かした。椅子にへたり込んだ時には既に数滴漏らしていたが、気付いてさえいなかった。思わず両手を組んで目を閉じると、相手も定めないまま心の内で祈りを捧げる。
――お願い、わたし達に力を貸して。誰も怪我をせずに済むように。
そしてルナの望みは叶えられた。
「なんともない……?」
超常の嵐が忽然と消えていた。ルナは掠り傷一つ負っておらず、部屋の中も平穏そのものだ。口の周りについたクリームを、トトがぺろりと舌で舐め取る。
「いったいなんなのよ。こんなのおかしいでしょ」
理解不能過ぎて怒りさえ覚えてしまう。それでも誰がやったのかは瞭然だった。
サターニアがヤーシャへ掌を突き出している。ヤーシャは崩れ落ちるようにその場に膝をついた。ひゅーひゅーと苦しそうな息をつき、顔面に血の気はない。
セリアが素早く傍に寄り添う。
「ヤーシャ様、まずは横になってくださいませ。すぐに医者をお呼びしますので」
しかしヤーシャは首を横に振る。意識はしっかりしている様子だ。ルナはひとまず胸を撫で下ろし、一転して厳しいまなざしを向ける。
「ちょっと、やり過ぎじゃないの? ヤーシャがふらふらじゃない」
ルナに責められたサターニアは、思いきり口先を尖らせた。
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