第20話 諸悪の根源
「ルナ、人族が魔王陛下を批判するなど不敬に過ぎるぞ……しかしそうだな、当代の陛下に問題があるのは私も認める。魔族は人族に不干渉、それは尊き始祖王陛下によって定められたことだ。だがそれから長い長い年月が経った今、もはや人間どもは魔族を畏れる心を忘れ、ずうずうしく城に押しかけては舐めた態度で好き放題を抜かす。それでこっちが少しでも厳しくすれば、今度は途端に怯えて怪物扱いしてくる始末だ。まったく無念なことに、魔族の威光はすっかり過去のものとなってしまった。いったい当代陛下は現状をどう思っているのだ? 魔王として自分が恥ずかしくないのか? 実にふがいない。情けない。始祖王サターニア様もおそらく今頃、地の底で子孫のだめさ加減を嘆いておられるだろうよ!」
ヤーシャは憤懣やるかたなしといったふうに嘆息した。サターニアは口の中を満たしたクッキーをばりぼりと噛み砕いた。
「結局、魔王が諸悪の根源ってことか……どんな方なんです?」
「知らん。だが当代はまだ我らと大して変わらぬ年齢だったはずだ。どうせ他の者の苦労など知りもせず、贅沢でわがまま放題に暮らしているのだ。そうに決まっている」
「簡単に想像できるわね。自分だけじゃなんにもできないくせに、周りが甘やかしてちやほやするせいで、偉ぶることだけは一丁前なの。きっとイヤな奴よ」
「古い家柄にはありがちなことですわね。これはあくまで想像なのですが、ルナ様のご婚姻の件も、魔王様の気まぐれな思いつきが元かもしれません。狙いが単純過ぎますし、性急かつ強引で、底が浅いという感じがします」
「要するに頭が悪いのね。実物の間抜け面を拝んでやりたいわ」
下を向いたサターニアが小さく震え出す。トトはその肩をクッキーの粉まみれの手でぽんぽん叩いた。
「いくらなんでも言葉が過ぎるぞ。やはりもう人族の増長は放置できんな。よし決めた! 私はケイオスの城に乗り込む。そして陛下に直に言ってやるのだ。あるべき秩序を取り戻すため、魔王としてやるべきことをやれとな」
「わたしも行くわ。上に立つ者としての義務と心構えをきっちり教え込まないと。必要なら甘えた性根を叩き直してでもね」
「ふん、人族ごときにできるものか。だがその意気や良しだ。本気で命を懸ける覚悟があるというなら、私と共に来ることを許してやろう」
「ではせっかくですので、わたくしもお供させていただきますわね。上手くいけばケイオスとの間に独占的な販路が築け、もとい、人族と魔族の絆を深める一助になれれば幸いですもの」
「勝手にすれば。行ってもどうせ意味ないけど」
ふてくされた声は大きくはなかったが、妙に真に迫る響きを持っていた。
「小娘、どういう意味だ?」
ヤーシャが圧の強い視線を向ける。だがサターニアはつまらなそうな顔をしたままだ。
「ケイオスに魔王いないし。誰もおまえらの相手なんかするもんか」
「でたらめを抜かすな! なぜお前がそんなことを知っている!?」
「だってここにいるもん」
「あ?」
ヤーシャはぽかんと口を開けた。明らかに思考がついてきていない。
セリアもはてなと首をひねったが、辺境で生まれ育った魔族とは踏んできた場数が違う。不思議な薄桃色の瞳をした少女に、大事なことを確かめる。
「それではまるで、あなたご自身が魔王陛下だと主張されているように聞こえますけれど?」
「うん、あたしはサターニア。第百八代魔王だ」
微妙に頬を赤らめての告白に、ルナは刹那全ての言葉を忘れた。ただ無心に目の前の少女を見つめるしかできない。
「なるほど……さようでございましたか。改めて、お目にかかれて光栄至極に存じます。セリア・バントックと申します。今後ともどうぞごひいきに」
わずかに沈黙したあと、セリアがたおやかに礼を取る。ルナはようやくにして焦りを覚えた。お尻でも蹴られたみたいな勢いで立ち上がる。
「サ、サターニア!? 笑えない冗談はやめなさい! セリアまで悪ふざけに乗っかるみたいな真似をして! サターニアがますますつけ上が……」
ルナの視線がふいに焦点を失った。見えない答えを探すように宙をさまよう。
「……あれ、サターニアって、始祖王と同じ名前? あはっ、まさかね。きっと親御さんか誰かが変な方向に力んじゃっただけよね。魔王の名前を人間に付けてはいけないって決まりはないもの。確かに非常識ではあるけど、わたしは否定したりしないわ。サターニアはサターニアよ」
「もぐもぐ。ん、おいしい」
早口で自分に言い聞かせるルナの隣で、トトが小皿の上のケーキの甘さに目を細める。ちなみに大皿に山盛りだったクッキーは既にあとかたもない。
そしてヤーシャはもちろん熱くなっていた。今にも怒りの鉄拳を繰り出しそうになるのをこらえ、攻撃的な眼光でサターニアを睨みつける。
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