第19話 魔王はどこに
「皆様、まずはごゆるりとおくつろぎください。すぐにおもてなしの用意をさせますので」
知り合ったばかりの少女達を、セリアがにこやかに招き入れる。明るくて居心地の良い部屋だった。飾り付けは控えめながら、さりげなく壁に掛けられている絵は有名画家の作品で、椅子やテーブルも最高級だ。
「バントック商会……名前ぐらいは知ってたけど、セリアのおうちは思った以上に大きいのね。事業も順調なんでしょう?」
「皆々様のお引き立てのおかげをもちまして、まずまず無事に続けさせていただいております」
感心するルナに、セリアはむやみに謙遜することなく一礼する。驕りとは似て非なる、確かな実績に裏打ちされた自信がにじみ出る。
「……なんで人族はこんなに豊かなんだ。べ、別に羨ましくなんかないんだからなっ。もし戦えば私が勝つんだからなっ」
ヤーシャはぶつぶつと呟きながら部屋の中を見回している。ルナには意外な姿だった。魔族は人族の上に立つ存在なのだから、王族のルナが驚くほど贅沢な暮らしをしていそうなものである。
「ヤーシャ様のお城は違うんですか? 確かにお召し物もずいぶんとみすぼらし、じゃなくて、質素な感じですけど」
「わ、我ら魔族はな、質実剛健を旨としているのだ。軟弱な人族どものように上辺を飾ったりはしないんだ。よく覚えておけ、贅沢者めが」
「そうですか、それは失礼しました。むしろ傲岸不遜という感じですけど」
叩きつけるようなヤーシャの調子に、ルナもまた反発する。
「私達のために何をしてくれるわけでもないくせに、どうしてそんなに偉そうにできるのか、確かに私達人間の常識では理解できませんね」
「魔族は人族より強いんだぞ。敬われて当然ではないか」
「強者に結婚を迫られたら受けるのも当然なんですか? まったくありがたいお話です……反吐が出そう」
ルナは本当に気分の悪そうな顔をした。ヤーシャは眉をひそめる。
「なんのことだ? 確かさっき私と戦っていた時にも、結婚がどうとか言っていただろう」
「……ヤーシャ様には預かり知らぬことだったみたいですね。失礼しました」
見当違いの非難だったと認めて、丁重に頭を下げる。せっかくの機会だ。ルナは今に至る経緯を説明することにした。
「ここバルトレイクにある代官府の長、魔士のベン・シアン閣下より、わたくしルナ・ランディア宛に婚姻の申し入れがありました。交際はおろか会ったことすらないというのに、唐突に書状が送りつけられてきたのです。あまりに無礼ですし、通常なら一顧だにしないところですが、相手は『魔王陛下に拝謁できる唯一の人族』と称される有力者です。無下な対応をしては我が国に不利益が生じる恐れもあるでしょう。わたくしは王女です。我が国の繁栄と民の安寧を第一に考えるのが務めです。いくら不本意だとしても、真剣に考えないわけにはいきません。もしかすると背後にはもっと大きな力を持つ存在が控えているかもしれないのですから」
即ち魔王そのものが、ということだ。ヤーシャは難しい面持ちで首を振った。なにしろ当代魔王のことなど一つも知らない。だがベン・シアンという名には聞き覚えがあった。
「セリアはどう思う。そのベン・シアンとやらのことを知っているのだろう」
「あいにくわたくしも噂程度でしか存じません。ですが国際情勢にも少なからぬ影響を及ぼす事柄ですし、上手く立ち回れば大儲けの可能性も、ごほっ、いえなんでもありません。つまりですね、シアン閣下が魔王陛下のご意向を受けて動いている可能性もきっとあるかと思いますわ」
そんなのないし。サターニアはテーブルの大皿に盛られていた菓子をつまむと、口の中に放り込んだ。皿は既に半分以上空だ。ほとんどが隣に座るトトのお腹の奥へと消えている。
「強者たる魔族が秩序の要として人族の上に君臨する、という理屈は分ります。でもそれが人の意思を蔑ろにしていい根拠にはならない。だいたい魔族って何か仕事してるの? わたしそんな話聞いたことないんですけど。なのに命令だけはするんだ。顔も知らない男と結婚しろってさ。魔王に拝謁できる唯一の人間だから? 知らないわよ。その魔王様とやらは今どこで何をしてるの。仮にも王を名乗るんだったらね、少しは世の中の役に立ってみろってのよ!」
ルナはテーブルに両手を叩きつけた。天板がみしりと軋み、菓子皿に残ったクッキーがぱらぱらと跳ねこぼれる。
サターニアはふいっとそっぽを向いた。ヤーシャは自分と同じ黒い髪をした少女の素振りには気付かず、険しい表情でルナを見据えた。
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