第18話 バントック商会バルトレイク支所
バルトレイクは近年とみに勢威を振るう大国ローラシアの首都である。高く立派な建物が連なるようにそびえている様は、辺境の者には想像さえ及ぶない光景だ。
しかしヤーシャの前を歩むセリアには、物怖じした気配などかけらもない。あたかも我が家の庭を散歩するがごとき足取りだ。この市を訪れたばかりの魔族の少女にとってはまことに頼もしい。
もっともヤーシャは、居城のあるマサラと比べてあまりに立派な街並みに萎縮しているわけではない。周囲の人間達へ無用な脅威を与えぬよう、また茶会の席に招いてくれたセリアの顔を立てるため、あえて後ろに付き従うような形を取っているだけだ。少なくともヤーシャの中ではそうなっている。
肩に力の入っ魔族の少女の後ろには、元の仕立ては上等ながら、今やぼろぼろとなったブラウスとスカートをまとったルナがいる。常は美しく編み込まれた金髪もすっかり乱れてほつれてるが、姿勢の良さと凛々しく引き締まった表情のおかげで、気品までは損なわれていない。一国の王女という身上は伊達ではない。
ヤーシャの頭から生える黒い角に、ルナは厳しさを残す瞳を向けた。敵意を刺激しない範囲に留めてはいるが、握った拳には陽氣を帯びさせている。確かにヤーシャはむやみに暴虐な魔族ではなさそうだ。それでも脅威であることに変わりはない。いざという時は自分がか弱き者を守る盾となる。後ろの子達には傷一つ付けさせない。
やたらと気合の入った王女の後ろ姿を、サターニアは初めこそ不思議そうに眺めていたが、すぐにどうでもよくなった。白いふわふわ髪に赤い瞳の少女の手を引いて、てくてくとついていく。なぜ自分が保護者みたいになっているのか不思議だが、トトのぷにぷにした掌は握っていると妙に気持ちがいい。まるで身も心も澄ませる波動が流れ込んでくるかのようだ。いわゆる癒やし系というやつかもしれない。
「皆様、こちらです。どうぞお入りくださいな」
セリアが案内した先は、バントック商会のバルトレイク支所である。豪壮華麗とまではいかなくとも、品格を感じさせつつ瀟洒でもある外観は、王宮住まいのルナの目から見ても十分以上に立派なものだ。
「ヤーシャ様? 当館に何か不都合な点でもございましたでしょうか」
「いや、そんなことはない、そんなことはないのだが……」
セリアに気遣われ、扉の前で固まっていたヤーシャはすぅはぁと息を整えた。こんな高級そうな場所に自分が足を踏み入れてもいいのかと心配になった、わけではない。ヤーシャは誇り高き魔族である。人族の建物など敵ではない。
「……ふと、ただならぬ気配を感じてな。もしかするとケイオスにおわす魔王陛下の身に変事が起きたのかもしれん」
「まあ、そのようなことがお分りになるのですか?」
「聞き捨てならないわね」
ヤーシャが思いきり深く眉をひそめると、セリアが緩く首を傾げ、ルナはきりりと表情を引き締めた。
「マオー、変事って? なにかあった?」
「知んない。けどどうせでたらめだし」
トトにちょいちょいと脇を突かれたサターニアは不機嫌そうだ。ヤーシャはすぐさま怒鳴りつける。
「お前っ、私を嘘つき呼ばわりするつもりか!? 侮辱は許さんと言ったはずだぞ!」
「いいから行けって。突っ立ってたら邪魔じゃんか」
「おい押すなっ、うおっ、なんだその力は!?」
サターニアに小突かれたヤーシャが前につんのめる。
「嘘、そんなことって……」
ルナは驚愕した。たとえ単なるじゃれ合いだとしても、サターニアのような小柄な子が、同じく少女とはいえれっきとした魔族を押しのけるなど異常に過ぎる。
「あなた、いったいなんなのよ……?」
「うっさいな。なんだっていいだろ」
サターニアはべーっと舌を突き出した。
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