第17話 お茶会へご招待

「とはいえです。先触れも無しに代官府に赴こうとしたヤーシャ様が、非常識で性急だったことも否めません」

「いや、行こうと言い出したのはセリアだったはずだが……」

 訝るヤーシャをセリアは淑やかに黙殺した。


「代官府の方々にもご都合がお有りでしょう。残念ではありますが、ここはいったん引き返したうえで、訪問は後日改めてということに致します。隊長さん、よろしいですね?」

 一番偉そうにしている衛兵に同意を求める。「隊長さん」はあからさまにほっとした顔をした。誰だってわざわざ魔族と戦いたくなどない。


「よかろう。其の方らが街の治安を乱さぬというなら、我々としてもあえて事を大きくするつもりはない」

「交渉成立ですわね。ではわたくしどもはこれにて」

 セリアは衛兵隊に一礼すると、異色の少女達に親しげな笑みを向けた。


「皆様はどうぞわたくしとご一緒に。ルナ様には傷の手当とお召し替えが必要でしょうし、お近付きになれました印に、お茶の席なりと設けさせていただきますので」

 ルナは良家の令嬢にあるまじき自分の格好を見下ろした。それからヤーシャに短く視線を投げたのち、頷く。


「せっかくのお誘いですから、ありがたく受けさせてもらいます」

「行こう。私はセリアの、と、友、友達だからな!」

「あたしはいいよな。関係ないし。じゃあなトト」

 薄桃色の瞳の少女は後ろに退り、自分をここに引っ張ってきた変な白い奴にだけ声を掛けると、踵を返した。だがセリアがおざなりでなく引き留める。


「もし、どうかお待ちを。是非一緒にいらしてくださいな。ルナ様とヤーシャ様の間を取り持ってくださったのは、他ならぬあなたなのですから」

 サターニアは嫌そうな顔をした。一人と一魔の唇が触れた感触を思い出し、再び乱暴に頬をこする。


「別に、そいつのことなんか知らないし。人族が魔族に勝てるわけないのに。馬鹿みたい。相手をする魔族はもっと馬鹿だけど」

 サターニアのかわいくない態度に、ルナは露骨にむっとした。ましてヤーシャは口元を大きくへし曲げる。


「セリア、そんなどこの馬の骨とも知れない奴など置いていけ。おいお前、私とルナの戦いを邪魔したことは見逃してやる。だが調子に乗って侮辱するのは許さんぞ。痛い目に合いたくなければとっとと立ち去れ!」

 ヤーシャは二本の角をことさらにそびやかした。正真正銘の魔族に凄まれ平気でいられる人間はいない。ひとたまりもなく逃げ出すに決まっていた。


「うっさいバーカ」

「なんだと……」

 ヤーシャのこめかみがひくひく震える。まるで角からどす黒い怒りの感情がゆらゆら立ち上っているかのように、雰囲気が急速に悪化していく。


 まずいわね。ルナは強い焦りを覚えた。サターニアという少女が意外と強いらしいのは知っているが、いくらなんでも相手が悪い。もしヤーシャが本気を出したら、文字通り瞬殺されかねない。ルナはあえて笑顔を作った。自分が二者を穏便に取り成すのだ。


「ヤーシャ様ったら、こんな子供相手にムキにならないでください。ますます頭が悪く見えますよ。サターニアもせっかく見た目がかわいいんだから、アホの子を丸出しにするのはやめて行儀よくすること。いいわね?」

 きちんお笑顔を保ったままたしなめる。これできっと分ってくれるはず。


「ますます頭が悪く……?」

「アホの子を丸出し? でも今、かわいいって……」

 しかしヤーシャとサターニアはひどく衝撃を受けていた。どうしたのだろうとルナは首をひねる。何も間違ったことは言っていない。


「話も無事にまとまったところで、早速移動いたしましょうか。ご立派なお客様方をお迎えできて嬉しいですわ。きっと素敵なお茶会になります」

「ん。おいしいものいっぱい食べる」

 セリアは全ての問題を脇へ押しやり、トトは心の欲するままに頷いた。

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