第二章 一緒に暮らそう

第16話 ともだち

「まずは丸く収まったようで良かったですわ」

 セリアの心からの感想だった。ぱちぱちと祝福の拍手をしながら進み出る。いきなりルナとヤーシャの間に飛び出してきた薄桃色の瞳の少女が、いったいどこの何者なのかは見当もつかなかったが、せっかく身を挺して作ってくれた好機である。利用しなければかえって失礼というものだろう。


「ルナ王女殿下、まずはわたくしのためにご尽力を賜りましたこと、厚く御礼申し上げます」

 丁重に頭を垂れる。直系の王族にまみえるのは、大商会の娘であるセリアもさすがに初めての経験だ。しかし今さら萎縮するほど初心ではない。しかるべき敬意を表しつつ、淀みなく言葉を続ける。


「どうやら多くの手傷を負われたご様子、まことにおいたわしゅうございます。お召し物の弁償、治療費用はもちろん、十分なお見舞い金を以て償わせてくださいませ」

「いいのよそんなこと、気にしないで。わたしが自分の意思で動いた結果だもの。それに」

 気品のある面立ちに、気さくなほほえみを浮かべたルナは、一転して鋭い視線を飛ばす。


「魔族の横暴から民を守るのは、王族としての責務だわ」

 いったんは弛みかけていた空気が再び緊迫の度合を増してくる。浅黒い肌と黒い双角の持ち主は、険しい瞳でルナを睨み返した。応じて拳を握り直しそうなルナを、セリアはやんわりと押しとどめる。


「ルナ様、ご紹介いたしますね。あちらはヤーシャ様と仰っしゃいますの。マサラ城主様のご息女で、わたくしの大切なお友達ですわ」

「え、魔族と!?」

「と、ともだち……」

 ルナが目を瞠る前で、ヤーシャは胸を打たれたみたいによろめいた。


「あら、申し訳ございません。ただ人のわたくしが、誇り高き魔族のヤーシャ様を友達扱いするなど僭越でした。どうぞ平にご容赦を」

「いやいや、謝ることはないぞ! 私とセリアは友達だからな。間違いない」

 首がもげそうなほど激しくヤーシャは頷いた。


「痛み入ります。というわけですわ、ルナ様。わたくしとヤーシャ様の仲は極めて良好です。どうぞご安心のほどを」

「そうなの? 脅されて無理やり言わされてるなんてことは……なさそうね。わたしの早とちりだったわけか」

 ルナはがっくりと肩を落とした。それから姿勢を改めてヤーシャの方へ向き直る。


「ヤーシャ様、わたくしの短慮により御身に瑕疵を負わそうとしたこと、衷心より謝罪いたします。我が身の過失は深重なれど、全ては己の意思のみによりて為したる行い、ランディア王国とその民には毫釐の責もございません。わたくしの咎が連座せぬよう、どうぞご高配を賜りたく存じます」

「う、うむ、そうか。言葉が難しくてよく分らんが……」

 戸惑い口ごもるヤーシャに代わり、セリアがさらりと幕を引く。


「ルナ様、どうぞご安心を。ヤーシャ様は誇りと共に慈悲もまた併せ持つお方です。誤解とはいえ義のため堂々と挑んできた相手に罰を下したりなさいませんわ。清く正しく美しい誠の戦士ですもの。そうですわよね、ヤーシャ様?」

「もちろん、セリアの言う通りだ」

 ヤーシャは得意げに胸を反らした。ちょろくて助かりますわ、などとセリアが声に出して呟くことはない。


「衛兵の皆様方も、これ以上の警戒は不要です。バルトレイクの街でヤーシャ様が理不尽に暴力を振るわれることはありません。それはランディア王国の王女殿下たるルナ様もお認めのことです。そうですわよね、ルナ様?」


「え? うーんと、たぶん?」

「お聞きの通り、ヤーシャ様の身元はランディア王国が保証してくださいます。何の懸念もございません」

「いや今のは単にわたし個人の感想で国とは関係ないんだけど……」

 ルナの訂正をセリアはするっと無視した。バルトレイクの衛兵達に眉をひそめてみせる。

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