第13話 同伴のすすめ

「お初にお目に掛かります。わたくしはメルサーヌの街で商いをしております、セリア・バントックと申します。このような場所で魔族の方にご挨拶できますこと、まことに光栄に存じますわ。畏れ入りますが、ご尊名を伺ってもよろしいでしょうか?」


「ヤ、ヤーシャだ。マサラ城主の娘である」

 折り目正しい相手に対し、精一杯胸を張る。セリアなる娘は浅く首を傾げた。

「マサラ……北の方にある街でございますね。それでヤーシャ様はどういったご用件でこのバルトレイクに?」


「バ、バレトレ、リケ?」

 ヤーシャは舌をもつれさせた。セリアが訝しげに目を瞠る。物知らずだと思われてしまっただろうか。しかし恥じる必要はない。人族の街など、魔族の身にとってみれば縁がなくて当然なのだ。舐められないよう力を入れる。


「私は魔王陛下に会いにきたのだ。大変重要な用件だ。内容は人族ごときにはとうてい教えられんな」

 セリアが息を呑む。きっと堂々たる威風に圧倒されたのだ。ヤーシャは畏怖と尊敬のまなざしが向けられるのを待ち受けた。


「すると魔王陛下がいらっしゃるのですか? このバルトレイクに?」

 問われてヤーシャは憮然とした。目の前にいる自分よりも、魔王の一語の方が重いのか。


「……知らん。だがどうせケイオスの城にいるに決まってる」

 セリアは心なし目元を伏せた。

「そうですか。つまりヤーシャ様はケイオスに赴かれる途中であって、特にこの街にご用があったわけではないと。ですがそれにしてはずいぶん遠回りという気がいたしますね。マサラからここに来るにはエレラ山地を越える必要もありますし」


「うるさいな、どこを通ろうと私の勝手だろうが!」

「失礼ながら、ヤーシャ様」

 セリアが考える素振りをする。ヤーシャは嫌な予感がした。


「ひょっとしてヤーシャ様は、ケイオスへの行き方をご存知ないのではありませんか? 魔王陛下へ拝謁する方法も」

「んぐっ」

 強烈な一撃だった。思わず胸を押さえて下を向く。


「それならわたくしに一つ考えがあるのですけれど」

 ヤーシャが負った傷については知らぬげに、セリアは両手を打ち鳴らす。

「代官府に行ってみてはいかがでしょう。きっとお役に立つのではと思いますよ」


「魔使のところか。マサラにも一人いたが、どうせ理屈を捏ねるばかりの役立たずだろう。不愉快になるだけだ」

「お気持ちはよく分ります。ですがバルトレイクの代官府には、魔士のベン・シアン閣下がいらっしゃいます。聞くところによると、シアン閣下は人の身ながら魔王陛下に拝謁する許しを得ているそうですね」


「むっ、そんな人間がいるのか? 本当に?」

「残念ながらわたくしも確かなことは存じません。それでも代官府ならばケイオスとの連絡手段があるのは確実でしょう。ヤーシャ様さえよろしければ、わたくしがお供という形で同伴してお確かめ致しますけれど。いかがです?」


「そう、だな。お前が是非にと言うなら考えなくもないが……」

「是非に」

 セリアがぐいと顔を近付ける。ヤーシャは半ば仰け反りながら頷いた。


「わ、分った、分ったから離れろっ」

「では決まりですね。実はわたくし、代官府に入るのはこれが初めてなんです。でもヤーシャ様と一緒ならば安心ですわ」


「セリア」

「はい、なんでしょう」

 親しげな態度の人族の娘に、ヤーシャはためらいつつも確かめずにいられない。


「お前は私が怖くないのか?」

「いいえ、ちっとも」

 即答だ。それは自分が全く強そうに見えないということか。ヤーシャはいささか複雑な気分になる。


「ヤーシャ様にお会いできて、心から嬉しく思っていますわ」

 セリアはこぼれるような笑みを浮かべた。ヤーシャの浅黒い肌に赤味が差した。

「そ、そうか……セリアがいいなら、それでいいんだ」


「ええ、上々です。本当に」

 上手くいけばシアン閣下にもお目通りできるかもしれませんし、というセリアの心の声はもちろんヤーシャの耳には届かない。


「ヤーシャ様は素敵な方ですね。わたくしのような普通の人間にも気さくに接してくださるんですもの。つい色々と頼ってしまいたくなります」

「任せておけ。セリアのためならなんなりと力になってやるとも」

「まあ、ありがとうございます」


 ちょろ過ぎですわ、などと口に出すはずもなく、セリアはヤーシャに慎ましげに寄り添い腕を絡める。ヤーシャは年齢のわりには豊かな胸を張って歩き出した。もっとも街の地理などは皆目知らないから、必然的にセリアが先へ導くことになる。


「ヤーシャ様、もうすぐです。あの角を曲がれば代官府の建物が……」

 セリアの案内を遮るように、行く手の角からばらばらと数名の人影が現れた。明らかにふたりの前を阻む形で位置を取る。


「止まれ! ここは重要街区だ! 素性の怪しい者が立ち入っていい場所ではないぞ!」

 先頭に立った男が警告を発した。そのうえ既に剣を抜いている。残りの者達も全員が帯剣して柄に手を置いていた。揃いの制服を着ていることからして正規の兵隊だろう。まるっきり臨戦態勢の雰囲気だ。

 だがそれでヤーシャが萎縮するなどあり得ない。


「人族ごときが魔族に剣を向けるとはいい度胸だ。覚悟はあるんだろうな」

 猛々しく睨み返し、セリアを置いて前へ踏み出す。ずしんと地面が揺れるような闘気が洩れる。兵士達はたちまち浮足立った。


「わ、我々は代官府の衛兵です、衛兵だ! たとえ何者であろうと治安の妨げとなるような行動は認められませ、認められない! ひざまずいて両手を頭の後ろで組んでほしい! そうすれば危害は加えないと保証するです!」

 言葉遣いこそぶれぶれだが、誇り高き魔族に対してひざまずけという要求だ。ヤーシャの怒りの水位は危険域まで上昇した。


「きさまら、誰に向かって物を言っている。今すぐに土下座して無礼を詫びるならば良し。だがあくまで武で押し通そうというつもりなら、腕の一本や二本で済むとは思うなよ」


「いや俺らだって別に好きで戦いたいわけじゃ……ええいっ、魔族だろうがなんだろうがしょせんは小娘だ、びびる必要なんてあるか! 総員抜剣! 円陣を敷け! おらっ、どうするんだ。素手でこの人数を相手に戦うつもりか? おとなしく従うなら今のうちだぞ?」


 双方共に譲らず、じりじりと緊張が高まっていく。もしこのまま開戦となったらどちらに分があるのか、素人にはとても判断がつかないが、どちらが勝ってもセリアに得がないだろうことは確かに思えた。


「皆さん落ち着いて、ひとまず冷静になって話し合いましょう! 私達は敵同士ではありません。こちらの方はマサラ城からいらしたヤーシャ様、魔王陛下へ謁見するためにケイオスへ赴く途中です。代官府に少し確認したいことがあるだけで、バルトレイクにもシアン閣下にも他意は一切ございません。そうですよね、ヤーシャ様?」


「ああ、そうだ。私はこんな街には用はない」

「お聞きの通りです。隊長さん、今のお言葉を代官府のしかるべき方へお伝えくださいませ。ご返答があるまで、私達は公園ででもお待ちしていましょう。ヤーシャ様、それで構いませんね?」


「だがそいつらは私に剣を向け侮辱したんだぞ。けじめもつけずになかったことにするつもりはない」

「我々は治安の脅威存在を無力化して拘束しろと命令されてるんだ。勝手に変更などできるものか」


「……困りましたね。どうしたものでしょうか」

 どちらの言い分にもそれぞれの理があった。セリアにはもうお手上げだ。対立が解消するには、よほど強力な者の介入を期待するしかないだろう。


「都合良く魔王様でも通り掛かって、どうにかしてくれたりしないものかしら」

 まさかそんな非現実的なことが起こるわけがないと思いつつ、セリアは吐息をついた。

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