第7話 支払い請求

 代金未納を指摘されたギルチャックは、恥じて小さくなるどころか、逆にいっそう居丈高な態度でダームを睨む。

「おい店主」

「はっ、なんでございましょう」

「この帽子が見えるな」

 頭を突き出すようにする。ギルチャックの丸帽子には、三角形の突起が上に二つ付いている。房飾りというよりまるで角だ。


「もちろんでございます」

「このメルサーヌの街で、これをかぶる資格があるのは私だけだ。なぜかは分るな?」

「……承知してございます」

 ダームはがっくりとうなだれた。既に抗う意思はなさそうだ。となれば自分が出るしかない。セリアはしかるべく表情を繕うと、ギルチャックの傍へ歩み寄る。


「お話中のところ失礼致します。もしかして、コージー・ギルチャック様でいらっしゃいますか? 在メルサーヌ魔使の?」

 微妙に声を震えさせることで、憧れと緊張の気持ちを表現する。ギルチャックに関する評判及び本人を直に観察した結果から、これで釣れると当りを付けた。


「おや、なんだね君は?」

 案の定ギルチャックは気取った素振りで振り返る。セリアはとっておきの可憐な笑顔を浮かべた。


「お初にお目にかかります。わたくし、セリア・バントックと申します」

「バントック? あのバントックか?」

「さすが、ご明察ですわ。バントック商会の者ですの。ギルチャック様にはいつもご贔屓にしていただきまして、まことにありがとうございます」


 メルサーヌ市は大国ローラシアにおいても屈指の商業の盛んな街だ。中でもバントック商会は上位五番以内に入る格であり、魔使を擁する代官所に対しても常に少なからぬ額の「寄付」を寄せている。当然ギルチャックも無下にはしない。


「うむ、報告は受けている。我々の業務に対しても協力的だそうだね」

「代官所は魔族と私達の間を繋ぐ要ですもの。魔使のギルチャック様のためにご奉仕するのは、人として当然の務めですわ」


「感心だな。まだ若いのに君は物事をよく分っているようだ。バントック商会のことは今後も頼りにさせてもらうよ」

「光栄です。実はギルチャック様がこちらでお買い上げ、になられた紅玉石の指輪も、元はわたくしどもがダームさんに卸した品なんです」

 セリアは流れるように「お買い上げ」という部分を強調した。


「ほ、ほほう、そうだったのか、はははっ」

「ちょうどさっきもダームさんとお話していたところだったんですよ。どうやらお気に召していただけたようで、大金を費やして仕入れた甲斐があったと」


「そ、そうかね、ふーん」

「ところでわたくし、たまたまベン・シアン様のことを存じ上げているのですけど」

「な!?」

 ギルチャックが仰天した。接客台の後ろでダームも大きく目を見開いている。


 驚くのも当然だ。

 ベン・シアンは、魔使の上級官である魔士の中でも最上位の存在と目される人物だ。ローラシアの首都バルトレイクに置かれている代官府の長であり、国内はもとより近隣諸国の全ての代官所を統括する権限を有する。真偽のほどは定かでないが、魔王に謁見できる唯一の人族とも言われる。


「大変立派な方でいらっしゃいますし、それだけに代官所や魔使の名誉を汚すような行いにはとても厳しい態度をお取りになるでしょうね」

 セリアはギルチャックに意味ありげな微笑を向けた。ギルチャックはダームを振り返った。


「おい店主」

「なんでしょう、ギルチャック様」

「月末までにはなんとか用意する。それで問題ないな?」

「月末、でございますか……」


 ダームは伺いを立てるようにセリアを見た。月末まではまだ十日以上ある。返済遅延による利息は150万以上だ。利息で儲けられるならその方が得なのは確かだが、それは必ずしもセリアの望むところではなかった。取引は円滑なるをもって良しとす。


「ギルチャック様、わたくしたまたま明日バルトレイクに赴く予定があるんです。シアン様とも是非面会したいと思っておりますのよ」

 いかにも楽しみにしているというふうに笑む。さぁっと幕が落ちるようにギルチャックの顔面から血の気が引いた。


「て、店主、例のものは今日中に必ずどうにかする。だからくれぐれも、くれぐれもよろしく頼むぞ? 私はゆすりもたかりも一切していない、いいな?」

 慌ただしく言い残すやギルチャックは店を飛び出す。ダームは呆気に取られたように見送ると、セリアに畏怖の視線を向けた。


「いや驚いた。まさかお嬢さんがシアン閣下に面識があるなんて思いもしなかったよ。いったいどうやって知り合ったんだ?」

「いえ、知り合いなどではありませんけど」


「なんだそりゃ? だって今ギルチャックの野郎に言っただろうが。まさか嘘だったっていうのか? さすがにそれははったりが過ぎるだろう。あとでギルチャックにばれた時、俺まで恨まれるのはごめんだからな?」

「心外ですね。魔使の方にそのような嘘をつくなんてとんでもない。私はただ、シアン様のことを存じ上げている、と言っただけですよ。もちろんシアン様の方は私のことなどご存知ないでしょうけれど」


「……それなら明日バルトレイクで面会する予定があるっていうのは」

「面会したいと思っている、です。バルトレイクに行く予定があるのは本当ですので」

 ダームは疲れきったように肩を落とした。セリアは肝心な点について念を押した。


「ダームさん、ギルチャック様からのお支払いがありましたら、速やかに私どもの方に連絡をお願いします。今日中であれば無利息をお約束しますから。それでは良い取引を」


 通りに出るとセリアはほっと一息ついた。ひとまずこの件については解決の目処が付いた。それでもまだまだ上機嫌からは遠い。実際に売掛金の回収が済んだわけではないし、そもそも本来は掛ける必要のない手間だった。


「ギルチャック様が特に極悪人とは思わないけれど……」

 むしろ小悪党の類だろう。しかしだからこそ問題は大きいとも言える。

 あの程度の人物が、ただ魔使というだけで大金を踏み倒そうとして、踏み倒される側も仕方ないこととあきらめる。実によろしくない。明るく楽しく健全な商いにとっての大いなる妨げだ。


「本当に、一度シアン様にお目に掛かるべきかもしれないわね」

 世界で一番偉いのはもちろん魔王だが、一般の人族には魔王と面会することはおろか、魔族の姿を見る機会さえ滅多にない。それなら同じ人族のうちで最も権力のある者と意を通じることが、問題解決のための早道だろう。


「お金は天下の回りもの。流れ巡ってこそ価値がある。偉い人にはその辺りをちゃんと理解してもらわないとね」

 次の取引先へと向かいながら、セリアはまだ見ぬ明日について検討を始めた。

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