047 本棚と涙声
自転車をマンションの駐輪場に停めて、エントランスのインターホンを鳴らす。
すぐに応答した静樹は、『どうぞ』とひとことだけ言って、オートロックを開錠した。
エレベーターで四階に上がると、すでにドアから顔を出して、静樹が待っていた。
「……こんばんは」
「おう」
「ありがとうございます。寒いのに……」
「いや、気にするな」
そんな会話をしながら、静樹の部屋に上がる。
クリスマスパーティからまだ日が浅いが、なぜだかやけに懐かしいような気がした。
静樹に促されるまま、コートを脱いでソファに腰掛ける。
結局、静樹との再会は12月30日の夜になった。
お互いに忙しそうな年明けよりは、今の方が都合が良かったのだ。
夜に家まで来て欲しい、と言われた時は、妙に身構えてしまった。
今思えば、普通に恥ずかしい。
「どうぞ、蓮見くん」
「ああ、ありがとう」
静樹の用意してくれた熱いお茶を受け取り、一口飲む。
身体が温まったせいか、気持ちがだんだんと落ち着いていくのがわかった。
静樹もお茶を飲んだ。
俺の隣に座って、なんでもないような様子で、ふぅっとゆっくり息を吐く。
俺たちはお互いに、そのまま少しだけ黙っていた。
静樹は、大切な話がある、と言った。
だからもう一度会ってくれ、と。
急かす必要はない。
静樹の好きなタイミングで、話し始めてくれればそれでいい。
「……蓮見くん」
「……ん」
「……すみません。ちょっと、手伝ってくれませんか?」
「手伝う?」
静樹はいつの間にか、照れ臭そうに笑っていた。
「新しい本棚を買ったんですが、組み立てが難しくて……。本当に申し訳ないんですけど……」
「……ああ。いいよ」
それから俺たちは、リビングの隅に置かれていたデカいダンボールを開けて、二人で協力して本棚を組み立てた。
完成までには、一時間もかからなかったと思う。
釘がいらないタイプのものとはいえ、たしかに女が一人で作るのは大変そうだった。
組み立てる間、俺たちはいろいろな話をした。
初めて静樹に、イツイツの配達をした時のこと。
静樹が風邪で倒れた時のこと。
合コンの後で絡まれていた静樹を、俺が助けた時のこと。
うちで勉強会をしたこと。
この前のクリスマスパーティのこと。
南井のこと。
春臣のこと。
思えば、ずいぶんいろんなことがあった。
きっかけは些細なことだったのに、それが今では、こんなことになっているなんて。
「ここでいいのか?」
「……はい、ぴったりです。ありがとうございます」
棚の設置までが終わり、俺たちはまたソファに戻って一息ついた。
新しい本棚には増えた漫画を入れるんだと、途中で静樹が話していた。
「……」
「……」
静樹は、まだ何も言わなかった。
大切な話。
それはきっと、さっき話題に出なかったことについてだろう。
だとすれば、可能性はもういくつかしかない。
「……蓮見くん」
「ん」
「……
そう。
この話くらいしか残っていないのだ。
「……会ったよ」
「……そうですか」
静樹は俯いていた。
長い髪のせいで横顔が隠れて、表情が見えない。
「
「はい。クリスマスパーティの前の日に」
「あいつは、お前になんて?」
「……なにかあったら、いつでも話せって。それから……」
「……」
「……ごめん、って言われちゃいました」
「……そうか」
静樹が少しだけ、身体をこちらに向けた。
大きくて綺麗な目の上で、両の眉が悲しげに下がっている。
瞳が潤んでいるのがわかって、俺は思わず目をそらしてしまった。
「……蓮見くん」
「……おう」
「……覚えてますか。蓮見くんが私に、今のままでいいのか、って言ってくれた時のこと」
「……ああ」
「自分を偽るのは、悪いことじゃない。でも、それでつらい思いをするなら、ほかにも生き方があるんじゃないかって……」
それは、たしかに俺が言った言葉だった。
だがあの時は、静樹がどうして学校で演技をしているのか、俺はまだ知らなかった。
「それに……変わるために努力した自分を、認めてあげてもいいんじゃないか。……これも、蓮見くんが言ってくれたことです」
事情を聞いて、俺の考えも変わった。
ひとりで頑張って、ひとりで苦しんでいた静樹を、俺くらいは労ってやりたかった。
「……あれから、ずっと考えていました。自分がどうするべきなのか。……どうしたいのか」
膝に置かれていた静樹の手が、ギュッと握られる。
深く、そしてゆっくりと息を吸ってから、静樹は言った。
「私……やっぱりこのままじゃダメです」
静樹の声は微かに震えている。
けれど、『ダメだ』と自分で言い切ったのが、俺には驚きだった。
「変わりたい……いえ、元の自分に戻りたい。戻らなきゃ……ダメなんです」
声に涙が混じった。
それでも静樹は、一度ぐずっと鼻をすすっただけで、泣き出したりはしなかった。
「……それが、大切な話か」
「はい。……蓮見くんには、絶対に話しておきたかったんです。私がこう思えるように……思うだけじゃなく、口に出せるようになったのは……間違いなく、蓮見くんのおかげですから」
静樹は力強く手を組んで、抱きしめるように自分の胸に当てた。
次に静樹がなんと言うのか、もう俺にはわかってしまっていた。
「……私、真理子ちゃんたちに話します。自分の思っていることを、ちゃんと」
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