挿話 春臣と南井


「仙波くんさぁ」


 おかしなメンバーで強行され、なんだかんだうまくいったクリスマスパーティの、帰り道。

 俺の隣を歩いていた南井ちゃんが、まるで歌うように節をつけた声で言った。


 12月の夜は寒く、そして暗い。

 街灯はあるけれど、お互いの顔はあまり見えなかった。


 これは、好都合だ。


「なんだね」


「どう思ってるの? 正直なとこ」


「なにが?」


「あたしのこと」


「かわいいけどタイプじゃない」


「こら」


 南井ちゃんはペチっと俺の背中を叩いてから、ケラケラと笑った。


 南井ちゃんは一緒にいると退屈しない。

 悠雅とは、また違った意味でおもしろい子だ。


 そして、実は俺とテンションが近い。

 こんなやり取りが気軽にできるのも、そのおかげだと思う。


「ジョークにマジレス禁止」


「そこまで予測して準備してると思ったのになぁ」


「あたしのせいみたいに言わない」


「で、本当はなんの話だ?」


「わかってるでしょー。あの二人のこと」


 南井ちゃんが珍しく、やれやれと首を振った。

 いつも自分がふざけているせいか、南井ちゃんは俺がとぼけると、案外簡単にペースが狂う。


「その話するのか」


「するよ。最悪、あたしたちも何かしないとだし」


「そうかな」


「どう見ても、そうじゃん」


 そうだろうか。

 俺はけっこう、楽観的なのだが。


 あの二人、というのは、何を隠そう、あの二人のことだ。

 悠雅ゆうがと、静樹しずきさん。

 いつのまにか仲良くなっていた、俺の親友と学校の人気者。


 静樹さんは実は、学校では猫を被っていた。

 いや、仮面、とかの方がしっくりくるだろうか。


 要するに、本性を隠しているのだ。

 それはなにも悪い意味ではなくて、ただ、みんなに好かれようと頑張っているというだけ。

 本当は地味で引っ込み思案なのに、友達を作るために外身そとみも中身も変えようとした、健気で、ちょっと愚かな女の子。


 悠雅にも、少しくらい見習って欲しいもんだ。

 あいつは逆に、そういう努力をしなさ過ぎるから。

 もちろん、静樹さんみたいにやり過ぎるのも考え物だけれど。


「静樹ちゃん、大丈夫かなー」


「さあな。でもまずは、あの子がどうしたいか、って話が先だろ」


「まあねー。今のままでいいのか、現状を変えたいのか、わかんないし」


「たぶん、本人もまだ明確にできてないんだろうな」


 静樹さんの置かれた状況は、はっきり言ってややこしい。

 一見すれば単純に見えるというのも、厄介なところかもしれない。


 成功し過ぎた高校デビューの効果で、できた友達。

 でもその友達とはやっぱり気が合わなくて、演技にもガタが来て、今になって困っている。


 グループからフェードアウトしてもいいんだろうけれど、学校で静樹さんがギャル扱いされてる状況は変わらない。

 それ自体がつらいなら、もう元の自分に戻るしかない。


「学校で地味モードになるにしても、きっかけがないよねぇ」


「まだマシなのは、二年に上がるタイミングくらいか」


「それでも、あんなにキャラが変わるとかなり不自然だと思うけど」


「派手ガールズから徐々に抜けつつ、キャラもちょっとずつ変えていく、ってのがベストなのかね」


「かもねぇ。それも大変そうだけどね。今よりしんどいんじゃない?」


「……まあ、そうだなぁ」


 俺たちは、悠雅の家でやった勉強会の帰りにも、こんな話をした。

 お互い、お節介だと思う。

 いや、俺に言わせれば、お節介なのは南井ちゃんだけなのだが。


「静樹ちゃん、いい子だし、なんとかしてあげたいんだけどね……」


「結局、本人次第だろ。俺たちが手を出しても、根本的な解決にならない」


「ドライだなぁ、仙波くんは。友達でしょー」


「求められたら、手助けはするさ。でも、どうするか決める段階にまで、干渉する気はない。そんな資格、ないからな」


「ふーん」


 南井ちゃんは頭の後ろで手を組んで、睨むように空を見上げた。


 普段はあんな感じなのに、こうして友達のために真面目に考えられるのは、南井ちゃんのいいところだと思う。

 ついでに言えば、たぶんこの子はかなり強い。

 いろんな意味で。


「……じゃあ、悠雅っちーは?」


「……悠雅なあ」


 この話を始める時、南井ちゃんは言った。

 『あの二人のこと』と。


 だが、本来ならこの問題は、静樹さん一人についての話だ。

 だったら、どうして悠雅まで、いや、悠雅だけが、静樹さんと一緒に話題に上がるのか。


 それは、もちろん。


「好きだよねぇ、たぶん」


「どっちが?」


「どっちも」


「……だな」


 そういうことだ。

 最初は疑惑だったこの仮説も、今では俺と南井ちゃんの中で、もう確信的なものになっている。


「自覚はあると思うか?」


「うーん、ない。……と、思ってたけど」


「ありそうだったな」


「うん。今日のあの感じだとね」


 静樹さんも、悠雅も。

 二人とも、好きな人がいるか? と聞かれて、否定しなかった。


 いないなら、否定すればいい。

 それをしないってことは、つまり肯定してるのと同じだ。

 いや、そんな理詰めなんてしなくても、二人の表情や視線を見てればわかる。


 だからこそ、これは『静樹さんの話』ではなく、『二人の話』なのだ。


「あー、もう。告白しちゃえばいいのに」


「どっちが?」


「どっちでもいいからー!」


 じれったくて堪らないのだろう。

 南井ちゃんは自分の頬を両手で挟みながら、嘆くように叫んだ。


「でも、静樹ちゃんにはそんな余裕、今ないと思うんだよねぇ。こりゃ悠雅っちーに期待するしかないかなぁ」


「あんまりプレッシャーかけるのはやめてやってくれよ。あいつだって、案外複雑なんだ」


「そう? んー……まあ、そっか」


「いいやつなんだよ。それに、ちゃんと相手のことを考えるやつなんだ、自分なりに」


「……それはそうだね。でも、だからこそっていうか? くっついちゃえば、今よりももっと、ちゃんと静樹ちゃんのこと守れるのになぁ、って」


「それだって、あいつが決めることだよ。正直、俺には静樹さんより、悠雅の方が大事なんだ」


「へー。なんか意外」


「これでも親友だからな。もちろん、静樹さんだってもう友達だから、心配だけどさ」


「じゃあ、あたしは静樹ちゃんを一番にしよっと。あんなにいい子なんだし、悩みなく過ごしてほしいなぁ」


 南井ちゃんはそう言ってから、ふぅっと弾むようなため息をついた。

 それがなんだか南井ちゃんらしくて、思わず笑ってしまう。


「まあ、本人たちでなんとかするかもしれないけどな」


「そうかなぁ」


「かもだよ、かも。それに……」


「それに?」


「俺も、人のことばっかり気にしてられないしな」


 言って、俺は自分でも呆れるほどの、キザなウインクをした。

 南井ちゃんは嫌そうに顔を歪め、後ずさるように俺から距離を取る。


「……さすがに気持ち悪いよ、仙波くん」


「ですよねー」


「こりゃ来年も彼女なしだなぁ」


「うるせぇ。彼氏作ってから威張いばれ」


「作ろうと思えばいつでも作れますぅ」


「それは俺もですぅ」


 バカなことを言い合って、俺たちはまた冬の夜道を歩く。


 今年もまあまあだったけれど、来年はもっと楽しくなりそうだ。

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