046 マフラーと約束


 クリスマスパーティはその後もわりとつつがなく進行し、みんなでケーキを食べて、テレビの特番にツッコミを入れて、ツボに入る静樹をからかって、そうこうしているうちに幕を閉じた。

 終わってから思い返せば、なんだかあっという間だった気がする。


 マンションの下まで見送りに来てくれた静樹は、名残惜しそうな笑顔を浮かべていた。


「じゃあね、静樹ちゃん! 今年はもう遊べないかもしれないから、よいお年をー!」


「あ、そうですね……。よいお年を、みなさん」


 そういえば、もうそんなセリフを言う時期か。

 最近はいろいろあったし、そもそもクリスマスと正月が近いのもあって、すっかり意識から抜けていた。


 時間もそれなりに遅いので、今回も春臣が南井を送っていくことになった。

 何度か同じことがあったせいか、それとも性格のせいか、この二人は最近、少し距離が縮んでいるような気がする。

 俺ですらそう思うのだから、たぶん正しいのだろうが。


「じゃあな悠雅。なにかあったら連絡しろよ」


「なんだよ、なにかあったらって」


「なにかあったら、だよ。言葉通りだ」


「……まあ、いいけど」


 意味はわからないが、べつに突っ掛かるほどのことでもないので、それ以上はなにも言わないでおいた。

 春臣のことだ、たぶん適当言っただけだろう。


「悠雅っちー、クマ子をよろしくね!」


「クマ子言うな」


「じゃあクマゴロー」


「性別変わってるだろ」


 ケへへ、と変な声で笑って、南井は俺が持っていたデカい袋をペチペチ叩く。

 連れて帰っても、置くところもなければ置きたいとも思わないぞ、クマゴロー。


 手を振って、マンションの前で二人と別れた。

 歩いていく二人を少し見送ってから、俺も自転車に跨る。


 “ピロリン・ピロリン”


「ん?」


 不意に、ポケットのスマホが鳴り出した。

 メールじゃなく、着信のようだ。

 俺のスマホには滅多に電話なんてかかってこないのだが、いったい、誰だ。


「……」


 画面には、『静樹水織』と表示されていた。

 ついさっき別れたばかりなのに。

 ひょっとして、何か部屋に忘れ物でもしたのか。


「もしもし」


『も、もしもし……蓮見くん?』


「どうした?」


『あの……まだ近くにいますか?』


「自転車に乗ったとこだ。戻れるぞ」


『……それじゃあ、ちょっとだけ待っててくれますか?』


「……わかった」


 静樹は用件を言わなかった。

 が、まあ、どうせすぐにわかることだ。


 俺は自転車を道路脇に停め、静樹が降りてくるのを待った。

 現れた静樹は、一度ペコリと頭を下げてから、小走りでこちらにやってくる。

 見ると、手に紙袋を持っていた。


「ごめんなさい、蓮見くん!」


「いや……構わないけど、どうしたんだ?」


「……えっと、渡したいものがあって」


 言いながら、静樹は紙袋からなにかを取り出した。

 男物のマフラーだった。


「これは……」


「あの……! プレゼント交換だと、蓮見くんに渡せないかもしれなかったので……!」


「お、おう……でも、なんで」


「い、一番……お世話になりましたし……。ど、どうしても……なにかお礼がしたくて」


「……そうか」


 静樹の顔は真っ赤だった。

 こちらを見ず、俯きながらマフラーを差し出してくる。


 俺は一度深呼吸をしてから、それを受け取った。

 せっかくなので、その場で首に巻いてみる。

 自転車は冷たい風を浴びるので、マフラーはありがたい。


 ……ただ、今はちっとも寒くなかった。


「ありがとな、静樹」


「い、いえ……! 私こそ……本当に」


「……」


「……」


「……やっぱり、二人がいる時には渡しづらくて」


「……まあ、そうだな」


「……蓮見くん」


「ん?」


 そこで、静樹は勢いよく顔を上げた。

 意を決したように口を結んで、潤んだ瞳がゆらゆらと揺れていた。


「……冬休みの間に、もう一度私と会ってくれませんか」


「……え」


「たっ……大切なお話があるんです! 蓮見くんには……絶対に話しておきたいんです……!」


 静樹は、今にも泣き出しそうになっていた。

 すがるように俺の手を握って、こちらをまっすぐ見つめてくる。


 大切な話。


 それがいったいなんなのか、予想もつかないような気もするし、一つしかあり得ないような気もする。

 いずれにせよ、俺の答えは決まっていた。


「……いいよ。また、連絡する」


「……はいっ。ありがとうございます……!」


 心の底からホッとしたような様子で、静樹は崩れるように笑った。


 そのまま、俺たちは手を振り合って別れた。


 俺と静樹は、今まで何度も顔を合わせてきた。

 けれど、話すために会うと決めたのは、これが初めてかもしれなかった。

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