043 真理子と悠雅


 話をする、といっても、べつにどこかの店やカラオケに入る、というわけでもない。

 俺と信濃しなのは駅前のスペースに設置されたベンチに、一人分の間隔を空けて腰掛けた。

 信濃がカバンを置いたのから察するに、どうやらすぐに終わるようなことでもないらしい。

 観念して、俺も配達用の箱を足元に下ろす。


「ちゃんと話したことないわよね」


「……まあな。これからもないと思ってたけど」


「ええ、私も」


 またしてもあっさりと、信濃はそんなことを言う。

 だがこの言葉のおかげで、俺はなんとなく自分の気が楽になるのを感じた。


「で、なにが聞きたい? 静樹のことなら、俺なんかよりお前らの方が、よっぽどよく知ってると思うけどな」


「そうね。でも、それぞれ詳しいところが違うでしょ。聞きたいのは、私が知らないこと」


「……」


 信濃の声音には、ドライな響きがあった、

 本当に、ただ俺から話を聞きたいだけなのだろう。


 俺が『お前ら』と言ったのに、信濃は『私たち』ではなく『私』と言った。

 そのことに意味を見出す暇もないくらい、信濃はさっさと話を進める。


水織みおりと仲いいの?」


「まあ、それなりに」


 否定できない。

 冬休みに静樹と予定がある、ということになっている以上、こう答えるしか道はないのだ。

 まあ、否定する必要もないのだけれど。


「安心して。べつに、いつから、どうやって、なんて聞かないわ。親じゃあるまいし」


「……」


「……水織、嫌がってた?」


「……えっ」


「ピアスよ。……どう見ても、乗り気じゃなさそうだったから」


「……」


 今度は、なんて答えるべきなのかわからなかった。

 もちろん、質問の答えはイエスだ。

 が、それを派手ガールズの一員であるこいつに、教えてしまってもいいのだろうか。


 ……いや、いいわけがない。

 これは失敗だ。

 最初から、話に付き合ったりするべきじゃなかった。


「……答えたくない」


「なによ、それ」


 信濃は今日初めて、少しいらだった様子を見せた。

 だが仕方ない。

 こっちにだって、話せない理由がある。


「答えないなんて、認めてるみたいなものでしょ」


「そう思いたいなら、思ってればいい。俺は答えない」


「……あっそ」


 信濃はぷいっとそっぽを向いて、拗ねたように口を尖らせた。

 イメージとは違って、意外と子供っぽい反応だ。


 少し黙ったあと、信濃はため息をついてから、またこちらに向き直った。


「……いいわよ。そう言われるかもって、予想もしてたし」


「……」


「……じゃあ水織は、私たちのことはなんて言ってた?」


「優しくて、いいやつらだって」


「……そう」


 信濃は不満そうだった。

 けれど、これは静樹が言っていた言葉そのままだ。

 あいつは派手ガールズのことを、自分とペースが合わないと思っているだけ。

 なにも、疎ましく感じているわけじゃない。


「……あの子、言いたいことがあってもなかなか言わないから」


「……」


「蓮見になら、なにか話してるんじゃないかと思ったのよ。なのに、答えてくれないんだもん」


「……すまん」


 気づけば、俺は信濃に謝ってしまっていた。

 まさか、信濃がそんなことを言うとは予想していなかったからだろう。


 てっきり俺は、派手ガールズは自分たちの好きにやっていて、静樹のことも気にかけていないのかと思っていた。

 しかしどうやら、そういうわけでもないらしい。 


 俺は、だんだんと信濃への罪悪感が募るのを感じていた。


「……水織がなに考えてるのか、理解しようとしてるのよ、これでも」


「……」


「……だけどあの子、本当になにも言ってくれないから……。もしかしたら、それも私たちが悪いのかもしれないけど……でも、無理やり話させるのだって、いいこととは言えないでしょ?」


「……そうだな」


「だから……私も困ってる。あの子がどうしたいのか、わからない」


 信濃は最後にポツリとそうこぼして、重いため息をついた。

 俺はしばらく黙ったまま、遠くの街灯をぼんやりと眺める。


 信濃は、やっぱりいいやつなんだろう。

 こんなことを考えて、しかも俺に声まで掛けてくるなんて、普通はできない。


 静樹のことについては、俺からはなにも話せない。

 けれどたった一つ、俺が信濃に言えること、言うべきことは。


「……お前は、悪くないよ」


「えっ……」


「お前達は、なにも悪くない。もちろん、静樹が悪いってわけでもない」


「……蓮見?」


「ただ、そんなに単純じゃないんだと思う。お前達も、静樹も、どっちもなにも悪くなくても、うまくいかない。きっとそういうことだって、あると思うんだよ」


「……」


「だから、待ってやってくれないか。これは静樹の問題で、あいつもそれをわかってて、今も戦ってるはずなんだ。お前の気持ちは、俺がちゃんと聞いたから。だから、黙って待ってやって欲しいんだ」


 言い切ってから、俺は自分の顔が真っ赤になるのがわかった。

 思わず立ち上がって、イツイツの箱を担ぎながら信濃に背を向ける。


 なんだか最近、俺が俺じゃないみたいだ。

 いや、たぶん俺は、もともとこういうやつなんだ。

 こういう自分が後ろめたくて、お節介を控えていただけなんだ。


 自転車に跨って、ペダルに足を掛ける。

 漕ぎ始める直前、背後で信濃の声がした。


「蓮見!」


「……」


「……水織をよろしくね」


「……おう」


 答えながら、俺は思いっきりペダルを踏み込んだ。

 冷たい空気がぶつかっても、まだまだ顔は熱い。


 妙な出来事だった。

 けれど、たまにはこういうことも必要なのかもしれない、とも思った。

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