036 暴露と独占


 翌日、二度目の勉強会が行われる日曜日。


悠雅ゆうがっちー!」


「ん?」


 昨日と同様、南井みない春臣はるおみは先にうちに着いていた。

 が、集合時間を少し過ぎても、まだ静樹しずきの姿はない。


「静樹ちゃん迷ってるんじゃない? 行ってあげたら?」


「連絡ないのか? 昨日の件もあって、言い出せなくなってるんじゃないのか?」


 南井と春臣が、揃ってそわそわし始めた。

 なにを隠そう、俺も落ち着かない。


「……大丈夫だろ。一回来たんだから」


「わかんないじゃーん! 心配じゃないのー!」


 心配だ。

 心配に決まってる。


『……蓮見くん、相談なんですけど……!』


 静樹は、たしかに迷っているはずだ。

 だがそれは、道にではなく……きっと。


 “ピンポーン”


「おっ」


「来た! 静樹ちゃん!」


 ふぅ……。


 自然とこぼれたため息をかき消すように、俺は立ち上がって部屋を出た。

 はしゃいでいる南井と、ほっとした様子の春臣も後から続く。


 玄関のドアを開けると、そこには。


「……よお、静樹」


 すとんとまっすぐに伸びた黒髪。

 化粧っ気のない、けれど綺麗に整った顔。

 昨日とは正反対の、大人しく清楚そうな雰囲気。


 俺にとってはすっかり見慣れた、地味モードの静樹が立っていた。


「……静樹ちゃん?」


「……おぉ」


 呆気にとられたような、二人分のまぬけな声がかすかに響く。

 静樹は深く息を吸い込んでから、少しだけ硬い笑顔を浮かべて、言った。


「……こんにちは、みなさん」



   ◆ ◆ ◆



 昨日と同じ部屋、同じメンバーで、俺たちは円になっていた。

 だが、もちろんすぐに勉強会開始、なんてわけにはいかない。


「……ということなんです」


 部屋に入って座るなり、困惑していた南井と春臣に、静樹は詳しい事情を話した。

 二人はいつもの騒がしさからは考えられないくらい、大人しくその話を聞いていた。


「黙ってて……いえ、騙していて、本当にすみませんでした」


 話し終えた静樹は、深々と丁寧に頭を下げた。

 そんな仕草でさえ、今日の静樹が昨日とは別人なのだということを証明するには、充分すぎるように思えた。


 少しの間、部屋の中に沈黙が降りる。

 喉が渇いて、鼓動がやたらと早まるのを俺は感じていた。


「なるほどなぁ」


「なるほどねぇ」


 南井と春臣の言葉が、綺麗に重なった。

 こっちが拍子抜けするくらい、本当になんでもなさそうな声音だった。


「じゃあ、昨日もけっこうつらかったんだよね? ごめんね、わかってあげられなくて……」


「だから悠雅の様子がおかしかったのか。やっと納得した」


「えっ……あの」


「でも、話してくれて嬉しい! ありがと、静樹ちゃん!」


「だな。悠雅だけだと頼りないし、これからは俺たちの前でも、地味静樹さんでいいぞー」


 ……まあ、こうなることはわかってたんだけどな。

 結局、こいつらがそんなことで引いたり、怒ったりするわけはないんだから。


「えっと……ごめんなさい」


「謝らないの! 今全部聞いて、その上で気にしてないんだから、ね!」


「そうそう。静樹さんが申し訳なく思う気持ちはわかるけど、当の俺たちが許してるんだから、謝られても困る」


「南井さん……仙波さん……」


 静樹の瞳が潤んだ。

 全身からフッと力が抜けていくのが、はたから見てもわかる。


「私……昨日、本当に楽しくて……。すごく、幸せで……だから」


 静樹は顔を伏せて、囁くような震えた声で言った。


「だから……二人には嘘をつきたくないって思ったんです。友達になれるなら、ちゃんと本当の私として仲良くなりたいって……そう思って」


「……」


「それに……みんなを見てたら、こうして自分に嘘ついてるのが、なんだかすごく馬鹿みたいに思えてきて……それで!」


「静樹ちゃーん!」


「ふぇっ!!」


 言いながら、南井が勢いよく静樹に飛びついた。

 そのまま両手で頬を触り、ムニムニと動かす。


「っていうか静樹ちゃん! こっちの感じも超いいじゃん! いやぁ、やっぱりここまで素材が良いと、どんなふうにしてもかわいいんだねぇ」


「み、南井ひゃん! やめへくらはい!」


「あ、ずるいぞ南井ちゃん。俺にもやらせてくれ」


「それは普通にセクハラだから」


「男女差別だー!」


「かーわーいーい! むしろこっちの方がいいかも? ね、悠雅っちー?」


「……俺に振るなよ」


「俺はこっちが好きだなぁ」


「仙波くんは発言禁止!」


「なんでだよ!」


 いつの間にか部屋の中は、昨日と全く同じような空気になっていた。

 まあできれば、今日は騒がしくならないでほしかったような気もするけれど。


「また何か聞いて欲しいことがあったら、いつでも言ってね、静樹ちゃん。全部聞くから」


「南井さん……」


「なにせ、あたしほど器の大きい女はいないからね! ドンとこい!」


「俺も、伊達に悠雅の友達じゃないからな。問題児は得意分野だ」


「問題児はお前だろ」


「毒をもって毒を制すのだ」


「仙波くんも……ありがとうございます」


 言って、静樹はニッコリと、深く安心したような笑顔を浮かべた。

 その顔を見ていると、まるで俺まで気が楽になっていくようだった。


「あ、でも学校で話す時はどうするの? ギャルの静樹ちゃんのまま?」


「……はい。やっぱり、学校ではまだ……」


「そっか、わかった。じゃあそうしよ」


「ごめんなさい……ややこしくて」


「なーに言ってんの! どっちの静樹ちゃんも楽しめるってことなんだから、ラッキーじゃん!」


「うんうん、夢の欲張りセットだな」


「も、もう、二人とも!」


「悠雅め、今までこれを独占してたとは……」


「ホントだー! ずるーーーい!」


「妙な言い方するなよ……」


 ひとまず、無事に終わってよかった。


 俺は強い脱力感と安心感に包まれながら、いつまでも始まらない勉強会のことを、チラッとだけ思い出していた。

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