035 夜道と決意


「うわぁー! さすがに真っ暗だ」


「思ったより遅くなっちゃったね……」


 春臣、南井、静樹、三人を見送る形で、玄関から出る。

 だが夕食後も話し込んでしまったこともあり、南井の言う通り辺りはかなり暗かった。


「悠雅、南井ちゃんは俺が送るから、静樹さんを頼めるか?」


「……だな。了解」


 春臣と頷き合って、二人ずつに分かれる。

 南井と春臣は家が同じ方向だが、静樹は少し位置がズレるのだ。

 送るなら、春臣よりも俺が行くべきだろう。


「そんなっ……。いいのに……わざわざ」


「遠慮せず送ってもらいなよー静樹ちゃん」


「そうそう。また迷うかもしれないしな」


「も、もう! 仙波くん!」


 そういうことだ。

 まあ、それだけが理由でもないんだが。


「じゃあねー二人とも! また明日!」


「うん! 南井さんも気をつけてね!」


「平気平気! 襲われても仙波くんになら勝てるから」


「いや俺に気をつけるのかよ」


 春臣と南井はすっかり打ち解けた様子で、一緒に笑いながら歩いて行った。

 わかっていたことだが、やっぱりあの二人は相性がいいな、いろんな意味で。


「……じゃあ蓮見はすみくん。お願いしていい?」


「ああ。行くぞ」


 そう答えてから、俺たちも並んで歩き出す。

 冬の夜にしては少し薄着の静樹は、寒そうに自分の肩を抱いていた。


「これ、着ろよ」


 言って、俺は自分の上着を脱いで静樹に差し出す。

 こんなこともあろうかと、余計に一枚厚着をしてきたのだ。


「……ありがと」


「いいよ。また風邪引いたらシャレにならないからな」


「……そうだね」


 静樹はそれから、少しだけ黙っていた。

 そのまま胸に手を当てて、ゆっくりと白い息を吐いて、こちらを向く。


「……疲れました」


「……だろうな」


 気がつくと、静樹の雰囲気が変わっていた。

 これは、普段配達の時に会う、大人しい静樹のものだ。


「なんだ……その、気まずかったか、やっぱり」


 それとなく聞くつもりだったのに、言葉が詰まった。

 なんとも言えない恥ずかしさに襲われる。

 まったく。アホか、俺は。


「? いえ、気まずくなんてなかったですよ。仙波くんも南井さんも、すごくいい人でしたから」


「……ホントか? そのわりには……途中、ちょっとつらそうだったろ」


「……あぁ。えっと……えへへ。……はい。ほんのちょっとだけ」


「……そうか」


 言いながらも、静樹は思いのほか清々しい顔をしていた。

 なんだか拍子抜けというか、肩透かしを食らったような気分になる。


「でも、ホントにちょっとだけです。恋人のことを聞かれたり、真面目だって言われたときは、困っちゃいましたけど」


 静樹は言葉とは裏腹に、クスクスと笑っていた。


「蓮見くんこそ、大丈夫でしたか?」


「……なにがだよ」


「もうっ……。蓮見くんも様子が変でした。私だって気づいてるんですからね」


「……べ、べつに」


 嘘だった。

 けれど、まさか見破られていたとは。

 てっきり静樹には、そんな余裕もないのかと……。


「……わかってますよ。蓮見くん、自分のせいだって思ってるんでしょう?」


「……」


「私がつらい思いをしたのは、自分が勉強会に私を誘ったせいだって、そう思ってますよね。どうして暗い顔してるんだろうって不思議だったんですけど、さっきの言葉でわかっちゃいました」


「……それは」


 否定するところが一つもないくらいに、図星だった。

 もしかすると俺は、静樹のことを偉そうに心配してばかりで、自分が静樹にどう思われてるかということに、頭が回っていなかったのかもしれない。


「気持ちは嬉しいですけど、私が行くって言ったんですから、そんなこと気にしないでください。……それに、演技するのは慣れてますから」


「……」


 静樹の渇いた笑い声が、夜の冷たい空気を震わせる。

 俺はなにも答えることができず、ただ前を向いていた。


「……蓮見くん」


「……ん」


「……蓮見くんには、心配かけちゃったみたいですけど」


「……」


「実は私、今日本当に楽しかったんです。もう、信じられないくらい、すごく」


「……おう」


「ふふっ。こんなに楽しかったの、初めてかもしれません。仙波くんも南井さんも、おもしろいし、いい人ですし」


 そう言った静樹は、どこか不思議な顔をしていた。

 笑っているでも、悲しんでいるでもない、初めて見るような表情だ。


「……それに、仙波くんはすごいですね」


「春臣が? なんで」


「……周りになんて思われても、堂々としてました。自分の悪い噂を聞いても、全然気にしてなさそうで」


「……なるほど」


「南井さんも、すごく伸び伸びしてて……自分に正直に振る舞ってる感じがして……。それに、蓮見くんだってそうです。教室で少女漫画を読んでるのを見られても、友達がいなくてずっと一人でも、周りの目なんて気にせず……自分らしく。それに比べて……私は……」


「……」


 静樹はなにかを決意するかのように、胸に拳を当てた。

 こいつがなにを言おうとしているのか、もう俺にはわかってしまっていた。


「……蓮見くん、相談なんですけど……!」


 静樹は立ち止まった。

 くるりとこちらを向いた顔には、覚悟と、それから少しの恐怖が浮かんでいた。

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