挿話 IDとデリカシー


「……これでよし、と」


 イツイツのアプリから欲しいメニューを選んで、配達の注文を確定します。

 しばらくすると配達開始の通知が来て、到着予定時間と、配達員のプロフィールが表示されました。


 ……ですが。


「……違う」


 配達員になったのは、珍しく若い女の人でした。

 大学生で、バイクで配達している人みたいです。


 イツイツは、こちらから配達する人を選ぶことはできません。

 サービスの本質は、ただ注文したものが届く、ということなんですから、それも当然です。


 だから、来て欲しい人や、会いたい人を呼ぶために使うサービスでは、決してありません。

 どう考えても、違います。


「……違いますけど」


 私、静樹しずき水織みおりはスマホをソファにぽいっと投げて、天井を見上げました。


 こういう時に限って、来てくれないんですもん……。


『わーい! じゃあ週末集まろー!』


 数日前に教室で聞いた声が、私の頭の中でこだまします。

 その度に、私はなんだか気が重くなるような、ムカムカするような、変な気分になってしまうのでした。


 蓮見はすみくんに、友達ができたみたいです。

 しかも、女の子の。


 名前は南井みない彩美あやみさん。

 とても元気で明るくて、誰とでも仲が良い、クラスの人気者です。


 そんな南井さんなら、たしかに蓮見くんとも仲良くなれる……のかもしれません。

 ですが今日……。


「……ちょっと、仲が良すぎませんか?」


 南井さんは、あれから毎日のように、蓮見くんとお話ししています。

 もちろん、席が隣ってこともあるんでしょう。

 でも、前まではいろんな人と満遍なく一緒にいたのに、最近は蓮見くんにべったりです。


 蓮見くんもあまり嫌がってるようには見えませんし、しかも、仙波くんも合わせて勉強会をやるなんてことにもなっていて……。


「はぁ……」


 いやいや、なにをため息なんてついてるんですか、私は……。

 蓮見くんに友達ができたなんて、すごく良いことです。

 クラスで浮いてるのに納得いかない、なんて言ってたのは、私なんですから。


「……」


 だけど……なんというか、モヤモヤします。

 だって、私の方が早く、蓮見くんがいい人だって気づいたのに……。

 仲良くなるのも、私の方が早かったのに……。


 あぁ……ダメです。

 こんなことを考えるなんて、どうかしてます。

 いいことなんですから、喜ばないと。

 ホント、良かったです。

 これで、蓮見くんには私がいなくても、大丈夫ですね。


「…………」


 モヤモヤしますぅ……。


 というか、勉強会なんてするなら私も誘うべきじゃないでしょうか。

 せっかく、南井さんにも仙波くんにも、私と蓮見くんが友達だってこと、バラしてしまいましょう、って言ったのに……!


 どうして、私にはお誘いがないんでしょうか。

 もう、蓮見くんはデリカシーがないというか……えぇっと……とにかく、おかしいです!


「……」


 だからこそ、次にイツイツの配達が蓮見くんになったら、その話をしようと思っていたのに……。


「どうしてこんな時に限って、来てくれないんですか……」


 ……わかってます。

 こんなのは全部、運とタイミングです。

 合わない時は合わないし、文句を言っても仕方ありません。


 そもそも、友達なのに配達で会った時しか話さないというのがおかしいんです。

 普通、友達になったらすぐに、メッセージのIDとか……。


「……」


 そこまで考えて、私の視線は思わず、壁沿いに置いてある戸棚の方に吸い寄せられました。


 上から三段目、右の引き出しの中。


 そこには、前に風邪を引いた時、蓮見くんが買って来てくれた薬が、ビニール袋と一緒に入っています。

 そして蓮見くんはあの日、その袋に自分の連絡先を書いて、残していってくれました。


 結局使うことはありませんでしたが、まだ捨てられずに、取ってあります。


 ……あれを、使えば。


「……」


 でも、急に連絡なんてしたら、変に思われますよね……。

 それに、あれは体調を崩していた私のために、もしもの時を想定して、書いておいてくれたものですし……。

 それを今さら、こんなことのために使うなんて……。


「……むぅぅ」


 ……そもそも、なんて言えばいいんでしょう?

 「私も勉強会に行っていいですか?」なんて、意味不明じゃないでしょうか……。

 蓮見くんから直接聞いた話でもないのに、知ってるなんておかしいです……。

 しかも、誘われてもいないくせに……。


「……」


『おはよう悠雅っちー』


『悠雅っちーはあたしに任せといて』


 ……やっぱり、連絡しよう。

 このままなにもしないでいたら、モヤモヤで死んでしまうかもしれませんし……。


 私は意を決して、戸棚から薬の袋を取り出しました。

 黒いペンで書かれた、蓮見くんの字。

 それをメッセージアプリに入力して、アカウントを検索します……。


「……あっ……これ、でしょうか」


 『蓮見』とだけ書かれた、シンプルなアイコン。

 あとは『友達登録』のボタンを押せば、蓮見くんとメッセージができるように……。


 ……。


 ……がんばれ、私!


 “ピンポーン”


「ひゃああっ!!」


 突然鳴ったインターホンの音で、私は持っていたスマホを投げてしまいました。

 ぽすっ、とクッションの上に落ちて、なんとかセーフです……。


 イツイツが来るのを、すっかり忘れていました……。


 私はふぅっと息を吐いてから、インターホンに応じました。


 ……ご飯を食べてから、もう一回、今度こそ頑張りましょう。

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